6期・13冊目 『エリアンダー・Mの犯罪』

エリアンダー・Mの犯罪 (文春文庫)

エリアンダー・Mの犯罪 (文春文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
父の遺品のなかでひときわ目をひいたタイム・ライフ版『第二次世界大戦史』。架空の出来事とは思えぬ詳細・迫真のドキュメントに、誰も知らぬ“第二次世界大戦”とやらの探索にかかったところから不思議なミステリーの旅が始まる。ナチもヒットラーも存在しなかった世界からもうひとつの世界の犯罪をさぐる奇想ミステリー・ロマン。

1913年、オーストリア・ハンガリー帝国の首都・ウィーン。そこである貧乏画家が朝食を摂っていたカフェにて妙齢の女性に射殺された。
そしてナチスは興らず、世界大戦は一度きりしか無かった世界。ドイツは月世界へと進出し、唯一の核武装を保持する科学・軍事大国として栄えている1980年代、レスリー・モーニングは父の死後に初めて祖母の逸話を聞かされ、そして遺品のタイム・ライフ版『第二次世界大戦史』という架空とは思えぬ不思議なドキュメンタリーを手にする。


いわゆるパラレルワールドものなのですが、別々の時代に生きる二人の女性エリアンダー・モーニングとその孫レスリーのそれぞれ物語が交互に描かれて、壮大な歴史ミステリーに切ないロマンスが綴られる物語となっています。ところどころ挟まれるトピックニュースが私たちの世界とはいくらか違う様相を伺わせるのがにくい演出でありますね。
鍵となるのは80歳余で人生を終えたはずのエリアンダーが意識を取り戻した時、部屋の中は変わらぬものの、まだ少女だったクララとフォーンの双子姉妹に出会ったばかりの20世紀初頭に戻っていたこと。
そこから愛する人たちをその早すぎる死*1から守るため、彼女の奮闘が始まるのです。母の影響で当時の女性にしては自立心に溢れる、いわゆる常識に囚われない行動の人。最初は生活のためとはいえ、競馬で当てた資金を元手に高級娼婦の女将として采配を振るうのですが、それに恥じることは無く、上流社会に人脈を築く。そしてただ子を身ごもるために一時の街娼を装い本来の夫と一夜限りの関係を契り、ひっそりと息子を育てる。それもこれも愛する人を元の世界で起きた不幸から守るため。読んでいてとてもいじらしいです。ただ秘密を打ち明けたのは母の愛人であったH.G.ウェルズ*2なんですが、土壇場まで彼女の秘密を誰にも打ち明けることができず悩ましい役どころですね。


一方、レスリーは祖母の残した『第二次世界大戦史』を各界の専門家の助けを得て解明を試み、とうてい信じられない内容ながら偽物と断じることができない各人は驚きを禁じえない。
やがて独自の探索を進めていくうちに祖母の行動によって世界史が変えられたことを知る。その過程でドイツ外交官のパウルとの恋と別れがあったりします。
第二次世界大戦史』が世間に出回るに連れて、ドイツ国民の反発を呼び、強硬派のフォン・ザイドリッツ元帥を首班とする極右グループ(と評していいのかわからないけどその主張はナチスを彷彿させる)のクーデター計画を招いてしまうのです。エリアンダーによって防がれた第二次世界大戦が70年の時を経て生まれ変わってしまうのかというところで歴史の修正力のようなものを感じます。*3
そこで再び関係を結んだレスリーパウル。二人によって消滅したはずのナチスドイツの出現を防ぐことができるのかといったところが終盤の見ものとなっています。
そして全てが終わった後に語られるエリアンダーの最後が非常に印象に残るのです。最後まで気高く描かれる彼女の姿が美しくも哀しい。


読み終えて思うに『エリアンダー・Mの犯罪』という邦題は内容を表すには似つかわしくなくないですね。無論、エリアンダー・モーニングをヒロインとしてその名を冠したのはわかる気がしますが、果たしてどんな物語なのか想像しにくいです。実際に読んでみると想像を超えた歴史ミステリーとして夢中にさせられるわけなんですが。
海外ではともかく日本ではamazonのレビューが0というのは、タイトルのせいで知る人ぞ知る名作という扱いになってしまっているわけなんでしょうかね。

*1:夫の交通事故、息子の戦死、双子姉妹はあのタイタニック号での遭難

*2:実在の作家

*3:ヒトラーなくとも結局ドイツが悪者扱いされている感はあるけど