貫井徳郎 『我が心の底の光』

母は死に、父は人を殺した――。五歳で伯父夫婦に引き取られた峰岸晄は、
中華料理店を手伝いながら豊かさとは無縁の少年時代を過ごしていた。
心に鍵をかけ、他者との接触を拒み続ける晄を待ち受けていたのは、学校での陰湿ないじめ。
だが唯一、同級生の木下怜菜だけは救いの手を差し伸べようとする。
数年後、社会に出た晄は、まったき孤独の中で遂にある計画を実行へと移していく。
生きることに強い執着を抱きながらも、普通の人生を捨てた晄。
その真っ暗な心の底に差す一筋の光とは!? 衝撃のラストが心を抉る傑作長編。

序章、中学生の主人公・峰岸晄が学校の不良グループに強要されて、高額の文房具を万引きしています。
それを知る同級生は捕まったら大変なことになると止めようとしますが、晄は断るのが面倒という理由で言われるがままに万引きを続けます。
そんな彼が虐められているのは、親が殺人者だから。親を失い、伯父の家では疎まれながら家業のラーメン屋を手伝う毎日。10代らしからぬ、何もかも諦めたような感情が伝わってきます。
人としての大事な感情が失われている晄は犯罪や暴力にも躊躇いがありません。どうしてそうなってしまったのか。
それは幼い頃にネグレクトを受け、生死を彷徨った経験が重い影を落としていました。ゴミまみれで汚臭が漂う一室で瀕死の晄が発見された時、放置して遊び歩いていた母は激高した父に殴り殺されました。*1
その後、晄は母の兄夫婦に引き取られたのでした

友人付き合いの少ない晄ですが、伯父夫婦の息子である慎司とは同じ家で顔を合わせますし、小学校の学童で一緒だった怜菜も幼馴染とも言うべき存在。特に怜菜はなにかと気にかけて声をかけます。
美人の怜菜はモテる存在で、慎司も想いを寄せているのは明らか。それなのに、怜菜は晄を気にしている様子。晄は自分に関わるべきではないと怜菜を遠ざけようとするのでした。

成長した晄は高卒でローン会社、不動産会社など職を転々とします。孤独ではあっても、ごく普通に独り立ちした社会人になっていたと思いきや、人を嵌める行動をしていることに気づきます。
晄はある目的をもっていました。それは長い時間をかけた復讐なのでした。


幼い子供を長期間放置した挙句、死なせてしまったという事件を何度も目にした覚えがあります。作中に登場する母親は平凡な女性でしたが、煌びやかな世界に憧れを抱いて家出同然に飛び出して、幸福を手に入れた時から転落が始まっていました。その後も寂しさを埋めるためにホストに狂い、家事育児をないがしろにするほど。決して息子を愛していないわけではないですが、自分の感情優先だなと感じました。
おそらく現実に事件を起こした母親も深い事情があったのでしょう。
だからといって放置される子供はたまったものじゃありません。作中では幼い晄の辛さ・苦しみが強く伝わってきます。
そんな時に捨て猫に出会いました。正確には従兄弟の慎司が拾ったのですが、慎司の家は飲食店なので飼えず、晄が譲ってもらいます。母は夜の仕事とホスト通いで家を空けることが多くて、子猫は晄の孤独を癒す存在になります。
ただし、子猫を飼うようになった頃、母が放置する時間が次第に伸びてきました。帰ってこないと食べ物にありつけない。しかも、外に出られないようにドアに鍵も掛けられてしまったので、飢えに苦しむになって……。

いつ晄が救われるのだろうと思いながら読んでいましたが、そんなことはなく。終盤に訪れた悲劇。ちょっとした誤解で攫われた慎司を救い出す場面では、晄の行動に目を疑って、思わず読み直してしまいました。
最後まで読んで、晄の心情的にはそれが最適解だったのだと納得したものです。晄の生き様はまさにタイトル通り。
実は、別の道を進むことができたかもしれない出会いもありましたが、振り払ってしまった晄の心の闇、というか心の底の光に拘り続けた人生が重いです。

*1:両親は長らく別居状態で、父が気まぐれに息子に会いに来た