5期・44冊目 『戦史の証言者たち』

戦史の証言者たち (文春文庫)

戦史の証言者たち (文春文庫)

出版社/著者からの内容紹介
多くの戦史小説の名作を生み出してきた著者が、綿密な取材を進める上で得た貴重な証言のなかから特に印象深い話を元に真相に迫る

著者が戦後になって取材を重ねた中から選りすぐった内容で、戦中戦後に起こった事件事故に密接に関わった人々の証言で構成されています。著者による意見は極力除き、淡々と明かされる事実の重みを感じます。

  • 戦艦武蔵進水式
  • 山本五十六GF長官機撃墜事件(当時、海軍甲事件と呼ばれた)
  • 次の古賀長官らが二式大艇で遭難(当時、海軍乙事件と呼ばれた)した時、2番機福留繁参謀長機乗員の救出
  • 伊号33潜水艦の訓練時の沈没事故とその引き揚げ作業


戦艦武蔵進水式に関しては、その秘匿の仰々しさが時代を感じましたね。当時としては期待の新兵器として必死だったのだと思いますが武蔵の運命を思うと・・・。
ただ世界最大の艦の進水に費やした技術が戦後も役立ったことが救いではあります。軍人や戦災者の証言もそれはそれで貴重ですが、軍に関わった技術者による証言は変な主観が少なく客観的で、当時を知るのにうってつけだと思いますね。
次いで、福留繁参謀長機乗員の救出に尽力した陸軍部隊の話も占領地域の実相を知る上で面白かったです。今回のような作戦はおそらく陸軍の中でも臨機応変のきく有能な指揮官に率いられていたからこそできたのかもしれないですけど、それが本来日本軍兵士を縛っていた「生きて虜囚の辱めを受けず」に反しているのが皮肉ではありますな。


実はメインとなるのは最後の潜水艦引き揚げ。有名な事件を扱っている前半に対して事故を扱ったものなのであまり期待していなかったのですが、読んでみるとこれが実に興味深い。
戦後9年を経て再び陽の目を浴びた艦の様子。深いところから徐々に浅い場所へと移動しながら引き上げた苦労話までは良かったのですが、次に艦内の様子、特に乗員がどのようにして最後を遂げたか、遺体の状況など、あまりに証言が生々しくて視覚だけでなく嗅覚にも伝わってきそう。
作業の合間をぬって艦内に入って写真を撮った記者の話は今普通に考えればとんでもない行為ですが、まだ戦後十年もたってなくて戦争の爪跡があちこちに残っていた時代を感じさせますね。