7期・25,26冊目 『天空の舟(上・下)』

内容(「BOOK」データベースより)
商の湯王を輔け、夏王朝から商王朝への革命を成功にみちびいた稀代の名宰相伊尹の生涯と、古代中国の歴史の流れを生き生きと描いた長篇小説。桑の木のおかげで水死をまぬがれた〈奇蹟の孤児〉伊尹は、有�惓氏の料理人となり、不思議な能力を発揮、夏王桀の挙兵で危殆に瀕した有�惓氏を救うため乾坤一擲の奇策を講じる。新田次郎文学賞受賞作。

久しぶりに宮城谷昌光氏の著作を読みました。氏の出世作であり、中国最古の国家・夏王朝から商(殷)王朝*1への革命の時期が舞台*2となる作品です。
暴君の代名詞として有名な「桀紂」。その夏王朝最後の王・桀を倒して商王朝を開いた名君・湯王(とうおう)を宰相として補佐した伊尹(いいん)の人生を描いています。


題名はもともと『桑の舟』であり、伊水が大洪水を引き起こす直前、夢のお告げによって母が桑の木のうろに赤子を運び、それが流れに流れて遠い地で拾われたという主人公にちなんでいるようです。
後に生まれ故郷にちなむ伊姓を名乗ることになる主人公「摯」がこれまた不思議な主人公であり、拾われた地の領主によって料理人としての人生を歩むのですが、牛を割くことだけに天才的な手腕を発揮し、そのため夏王・発の知遇を得て特権階級にしか許されなかった歴史や占い・気象といった先進知識に触れたこと、そして同時に王子であった桀との因縁、それらが後半生に大きな影響を与えていくのです。
その身分は卑しくも摯の異能ぶりは次第に知られるようになり、その頃勢力を増してきた商の湯から一度招聘されるも事は簡単に運ばず、なんと元祖・三顧の礼として描かれるのがとてもユニークです。
やがて国勢衰えた夏や他の国家との戦いを経て商が覇権を握るまで、摯は外交・内政だけでなく時には自ら兵を指揮して戦場にも立って活躍してゆく。しかし決してその道は平坦ではありませんでした。例えば湯が夏台に幽閉され何度も命の危険に晒されたように、本当に際どいタイミングで歴史が動いて行ったということがわかりますね。


文字が発明される前の時代の出来事であり、史料など無きに等しいに違いないでしょうが、そこはさすがに古代中国の宗教観や生活習慣などを取り混ぜながら、読者に時代を雰囲気を伝えるのが巧いですね。
歴史とは単純な勧善懲悪ではなく、祭礼一致の政治駆け引きや中華周辺の異民族も交えた戦略があり、地方の中小勢力に過ぎなかった商が有為転変の末に夏に取って代わっていく様は劇的な歴史ドラマとして楽しめました。

*1:殷は後世の呼び名で、商は自称とみられる。考古学的に実在が確認されているという意味ではこちらが中国最古の王朝

*2:およそ紀元前1600年頃