5期・49冊目 『マヴァール年代記(全)』

マヴァール年代記(全) (創元推理文庫)

マヴァール年代記(全) (創元推理文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
帝位を継承する者は誰か?大陸暦1091年2月、皇帝ボグダーン二世の崩御とともに噴き出した数々の野望は氷雪の国マヴァールを覆い尽くし、国内外で戦乱と殺戮を引き起こす。身分も違えば性格も違うかつての学友カルマーン、ヴェンツェル、リドワーンを中心に、玉座を巡る権謀術数を描いて物語の醍醐味を堪能させる本格歴史絵巻。著者の真髄を示す三部作を一巻に収めた決定版。

田中芳樹初期の傑作というこのシリーズ。私は未読でありまして、完結していること、既存3巻をひとまとめにした文庫が創元社から出ていたことを知り、このたび手にしました。
中世ハンガリーをモデルにしたという軍事大国・マヴァール帝国を舞台にした架空戦史もの。のちの銀英伝や『アルスラーン戦記』などに共通するような人物像や世界観も見られますね。*1


物語は身分も性格も違いながらも、かつて机を同じくして学んだ仲であるカルマーン、ヴェンツェル、リドワーンの3人が主役。しかし冒頭、皇帝ボグダーン二世崩御の際に生じた父殺しの疑惑によって皇太子カルマーンと金鴉公ヴェンツェルには目に見えない亀裂ができ、それが後々の叛乱へと繋がっていきます。
読者の立場からすれば、自分自身の死でさえ皇太子の忠誠心を試すのに利用するという異常な猜疑心を持つ皇帝に長年苦しめられてきたカルマーンの行動には致し方ない部分も感じるのですが、ヴェンツェルの野心についてはすでに前提条件となっているようで、ちょっと唐突すぎる気がしないでもないです。


マヴァール帝国において、声望高いカルマーンの治世がすんなり始まるかと思いきや、亡き長兄の嫡子ルセト皇子の存在によって継嗣問題はこじれます。普通に考えれば5歳の幼児に皇帝が務まるわけないのですが、補佐という名目で権力を欲しいままにしようとする外戚重臣がいて、至高の座を巡る内部抗争へと繋がることは歴史が証明している通りです。
やがていくつかの不幸な事件や叛乱によって選帝侯が激減。その過程で妻を亡くしてから子連れで旅しているリドワーンが登場。金鴉公妹のアンジェリナとの出会いから本人の好む好まざるに関わらず歴史の表舞台へ。
これはネタばれになるのですが、権力欲に溢れる人物ほど最後はあっけない死を迎えていく中で、リドワーン、アンジェリナ、ホルティといった権力とは縁がない(本人たちも好んでいなかった)人物たちが最後に顕職につくことになるとは皮肉ではありますな。


帝位を巡る抗争に勝利した新帝カルマーンは休む間もなく、積極的に出征を行い、やがて周辺諸国の警戒を呼ぶところになり、そこに謀略家の暗躍が生じるわけですね。
これの面白いところは、どんなに賢い人物でも他人の心理の全てを把握できるわけではなく、その隙をついてドラマが生じること。時には小人の行動によって歴史が急展開するわけですね。というかこの著者にかかると結構あるような。
ちょっと不満に思ったのが、アンジェリナを除き女性の扱いが少ないところでしょうかね。惜しいなあと思うのが女官エフェミアにツルナゴーラ王国の姫にしてカルマーン二世の正妃アデルハイドという正反対の魅力を持つ二人ですね。もっともこの二人が長生きするとストーリーが変わってしまうのが難しいところですが。
ともかく、無骨な武将・虚勢を張る小心者・野心秘めたる美姫、弁舌を弄する策謀家、などなど様々な人物像が織り成す筋書きの見えない歴史の醍醐味を味わえました。余計な教訓めいた作者語りはほとんどなく(笑)、程よく歴史語りのエッセンスが詰まった物語として最初から最後まで楽しめた作品でした。

*1:終盤、主要人物が次々と亡くなっていくところも(笑)