7期・2,3冊目 『大航海(上・下)』

大航海 (上)

大航海 (上)

大航海 (下)

大航海 (下)

内容(「BOOK」データベースより)
コロンブス、マゼランのヨーロッパ大航海時代に先行すること90年―士卒2万7千余名、62隻の大船団を率い、インド洋を経て、遠くアラビアまでの大遠征を敢行した奇跡の大航海者がいた。明の提督・鄭和である。果断な青年君主・永楽帝、草原の王・ティムール、絶世の美女・鄭妃…。大明帝国建国の凄絶なドラマの中、宦官から大提督へ、数奇な運命から歴史の舞台に登場する若き鄭和!

明初期の鄭和率いる大船団による航海は歴史好きには有名でありますが、コロンブスバスコ・ダ・ガマに比べると一般的には知られていないと思います。
そこには鄭和以後、明が海洋国家への歩みをやめてしまったこと、さらに史料の少なさや記述の疑問性などあるのでしょうが、欧州の大航海時代に先駆けること90年、東南アジア・インドを越えて遠くアラブ、そしてアフリカ東岸まで達したことは驚異的な事績であります。
その主人公たる鄭和の人生を虚実織り交ぜてドラマチックに描いたのが本書となります。

実は鄭和漢人かと勝手に思っていたのですが、元(モンゴル帝国)に仕えた色目人(アラビア人)の名家出身であり、地元雲南が明の軍事侵攻を受けた余波で捕縛されて宮刑により宦官とされ、やがて後々深い親交を結ぶことになる道衍(姚広孝)と思真の手引きで当時燕王だった朱元璋の四男・朱棣に仕えることになるのが序盤。北方の防衛を任されている燕王のもとですぐにその軍事的才能を見せます。
少年時代の鄭和(当時は馬三宝)はいわばガキ大将といった感じで池の化け物亀を退治しようなどという無茶やる面もあれば仲間を庇う義侠心に優れる少年として描かれていますね。すでに統率者としての技量や魅力溢れる様が見られます。


やがて初代・洪武帝崩御により始まる2代建文帝と燕王との対立(のちの靖難の変)では、軍事費調達のための私貿易で日本に行ったり、宦官の立場を利用して建文帝側に諜報ネットワークを構築したりといった影の活躍が書かれます。
実際は燕王配下の将軍や姚広孝といった参謀が中心となっていたのでしょうけど、そうやって史料に乏しい鄭和の前半生を補うことによって、文武揃った活躍により朱棣の深い信頼を得ていったのかと想像できますね。


晴れて帝位に着いた朱棣(永楽帝)から鄭和に命じられたのは当時西洋と呼ばれた東南アジアへの航海そして通商。明の勢威を対外的に示し、各国から朝貢を促すというのが表向きの名分ですが、ここでは生きて海外へ逃れた可能性のある建文帝の行方を探るという隠れた任務があったりします。
その航海は全部で7回に及びますが、詳しく描かれるのは第1〜3回目まで。
外交使節と言えど、大国・明の勢威を背負った大船団だけに海賊退治から国の内紛に介入などといろいろ忙しい様が描かれます。時には陰謀に巻き込まれて命を狙われたり。そこには鄭和をサポートする武人・尉遅子良、楠木正成の血を引くという多門、それに暗殺者・徐元といった多彩な人物*1の活躍もあり。そのあたりの冒険活劇、それに欧州国家による植民地化前のアジア情勢の描写も鮮やかで退屈しません。


エピローグに書かれている通り、後に鄭和の航海史料はほぼ破棄されてしまったために、その偉業はわずかに残る石碑や出土品に頼るしかないようです。フィクションで付加された小説と言えどその一端がうかがい知れる作品として高く評価したいですね。

*1:鄭和周辺は架空の人物が多く占めると思われる