ジョゼフ・フーシェ―ある政治的人間の肖像 (岩波文庫 赤 437-4)
- 作者: シュテファン・ツワイク,高橋禎二,秋山英夫
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1979/03/16
- メディア: 文庫
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本作で取り上げられているジョゼフ・フーシェは上述の人物たちに密接に関わりがあり、フランスの政治・外交、そして警察制度上特筆すべき人物であったそうなのですが、個人的にはまったく知らなかった人物です。
ジョゼフ・フーシェとはいったいどんな人物なのか?
ジョゼフ・フーシェ(1759年5月21日 - 1820年12月25日)は、フランス革命、第一帝政、フランス復古王政の政治家である。ナポレオン体制では警察大臣を務めてタレーランと共に主要人物。特に百日天下崩壊後は臨時政府の首班を務めてナポレオン戦争の戦後交渉を行った。
近代警察の原型となった警察機構の組織者で、特に秘密警察を駆使して政権中枢を渡り歩いた謀略家として有名で、権力者に取り入りながら常に一定の距離を保って激動の時代を生き抜いた人物であったとされ、「カメレオン(冷血動物)」の異名を持つ。後世からは「過去において最も罪深く、将来においても最も危険な人物」と評された。
wikipedia:ジョゼフ・フーシェ
本作冒頭の「はしがき」では同時代の人物の回想録中に出てくるフーシェ評が紹介されているのですが、まったく悪評極まりないです。
生まれながらの裏切者、いやしむべき陰謀家、のらりくらりとした爬虫類的人物、営利的変節漢、下劣な岡っ引き根性、浅ましき背徳漢等々
嫌われすぎてまともに研究された書があまりないとか。
そして見た目もお世辞にも良いとは言えなかったようです。
痩せこけたほとんど亡霊のように骨と皮ばかりの肉体、角ばった線の見える細面もいやらしく不愉快だ。鼻は尖っており、閉じたきりの口は薄くて狭い。重くてほとんど眠そうな瞼の下には魚のような冷たい眼があり、猫のような灰色の瞳孔はガラス球のようだ。
(中略)
前代未聞の活動力を持ったこの男も、まるで疲れ切った陽とか、病人か、病み上がりの印象を与えるのであった。
だれでも彼に会った者は、この男には熱い赤い血がめぐっていないのだ、という印象を受けた。
しかしある種の天才的才能に恵まれていたのは確か。そうでなければフランス革命後の波乱の時代に国家中枢に居続けることができなかったのですから。
船員の父の元に生まれたが、体が弱く勉学の才があったために僧侶となり、そのまま物理化学を教える教師として過ごす間に、後に歴史を動かすロベスピエールやカルノーと親交を結びます。
時代の流れに乗じて政治運動に身を乗り出し議員に見事当選。この頃から主義・理想などは平気で棄て、機を見て勝者に乗り換える才能を発揮しています。
当初は穏健派であったが、ルイ16世のへ処遇を巡って強硬派が優勢と見るや処刑票を投じてジャコバン派に乗り換え、ロベスピエールによる恐怖政治を支持して辣腕をふるうも、後に対立して波乱の末にクーデターにより打倒。
更にナポレオンが台頭すると、旧体制側にあったのに警務大臣としての優れた才能を買われて仕えます。
若き日には日々の食事にも事欠くほど貧乏だったフーシェが公爵として叙爵されて領地と財産を得たのもこの時期ですが、貧乏だった時期に職を手当てしてくれた恩人に対して恩を仇で返してしまうところがこの人の魅力の無さでしょうか。
本書によると、ナポレオンとしてもフーシェは最も信用ならない人物でありながら、その才覚は買わずにいられなかった模様で、たびたび皇帝の怒りを買って左遷されるも最後までその政権内にとどまっていました。
フランス革命から共和制・帝政・そして王政の復活までその政治的変動は目まぐるしく、権力者の栄枯盛衰も激しかったようです。
そんな中で常に権力側につき、最盛期には国を代表する立場にも登りつめたのですから大した人物です。
しかしその実績よりも、かつての数々の裏切りが最後まで付きまとってしまうところに徳の無さがあり、晩年の冷遇に繋がってしまったのだろうと思えます。
今まで歴史上の人物の伝記をいろいろ読んできましたが、その中でも極めて特異な人物と言わざるを得ません。
とにかく政治に関しては「冷血」と評されたように平然と裏切り、常に勝者側につくための嗅覚は抜群。
また警務大臣として優れたスパイ構築網を築き、情報収集対象は皇帝であっても例外ではなく、あらゆる人物の弱みを握っていたとか。
しかしそのために恐れられることはあっても、好かれることは無かったのは仕方ないでしょうね。
その反面、とても家庭を大事にして優しき夫・父であったというのが面白い。
どこかで感情のバランスを取るのが人間というものなのでしょうか。
ふと「銀河英雄伝説」に登場するハイドリッヒ・ラング*1を思い出しました。もしかしたらフーシェをモデルにして創られたのかもしれませんね。