3期・38冊目 『嗤う伊右衛門』

嗤う伊右衛門 (角川文庫)

嗤う伊右衛門 (角川文庫)

出版社/著者からの内容紹介
愛憎、美と醜、正気と狂気…全ての境界をゆるがせにする著者渾身の傑作怪談
鶴屋南北東海道四谷怪談」と実録小説「四谷雑談集」を下敷きに、伊右衛門とお岩夫婦の物語を怪しく美しく、新たによみがえらせた、京極版「四谷怪談

以前、書店で見かけて興味を覚えつつも手が出なかった本作ですが、いざ読んでみると京極夏彦アレンジの「四谷怪談」にすっかり魅了されました。
始めくどく難解に思えた文章も読み始めると止まらなかったです。新解釈ということですが、昔読んだ「四谷怪談」の細部はすっかり忘れていたのが良かったのかもしれません。直助、又市、梅といった脇役たちも元の怪談とは役柄が変えてあったようですが、本作の中では自然に受け入れることができました。特に敵役の伊藤喜兵衛の思考がひねくれてどろどろしたところと台詞の憎憎しさが余計に伊右衛門とお岩の清々しさを引き立てているようです。


まったく新しい人物造形の伊右衛門とお岩ということですが、やはり時代恋愛もののヒロインにありがちな受身のヒロインタイプとは正反対のお岩の強さ・激しさが特徴ですね。物語の最初から病によって顔半分が醜く爛れてしまっても、ものとせず従前通りの自分を持ちえる女性(いや女性に限らず男性でも)というのは稀有な存在。そんなお岩と感情を滅多に表に出さないながらも思慮深く誠実な伊右衛門とは互いに想い合い、結ばれるのかと思いきや幾多ものすれ違いによって引き裂かれてしまう。*1
そんな悲恋物語の結末は、有る意味ようやく原作の怪談らしさを仕立てられていますが、少しも怖さ・不気味さを感じることはありませんでした。むしろそれまでの二人を想うと感動さえ覚える場面でした。

*1:お岩が死に至った原因と、伊右衛門がお岩の屍骸をどこで見つけたのかがぼかされているのが気になる。やはり伊右衛門が自ら手を下したと考えるのが自然かな。