9期・68冊目 『夜は一緒に散歩しよ』

内容紹介
作家の横田卓郎は妻を亡くし、娘の千秋と二人で暮らしていた。妻の死後、千秋は奇妙な絵を描くようになる……。人ではない異形のものを。ある日をきっかけに「青い顔の女」ばかりを描くようになった千秋は、その絵を「ママ」と呼び、絵を描くことに執着する。そしてもうひとつ執着すること。それは、夜の散歩だった。第1回『幽』怪談文学賞大賞受賞作。解説は京極夏彦氏。

画家であった亡き母・三沙子の血を受け継いたのか、娘の千秋は気が向くと色鉛筆とお絵かき帳で絵を描くのに夢中になるとより執着する子だった。
ただし描くのは幼児なりの稚拙さを超えた異形と呼ぶしかないものばかり。
真か嘘か、千秋の目に写ったそれを描いているのだという。*1
しまいには「青い顔の女」ばかり描き、その絵をママと称して、あたかもそこにいるかのようにふるまった。
娘がまだ母親を失ったことを受け入れられない様子に手を持て余し気味だった卓郎だったが、彼の読者であり担当編集者でもあった佐久間美樹にプロポーズして新しい家族として出直そうとする。
しかし今度は美樹が怪現象に怯えやつれていった挙句、まるで「青い顔の女」のようになってしまう・・・。


生まれつき誰でもこの世ならざるものが見えており、成長し大人になるにつれてその力(?)は失われていく。
なんてことを聞いたことがありますが、絵の才能があってもろにそれを描くようになったら?
千秋はあくまでも見えているものを描いているのだと言い張るのですが、卓郎は母親を亡くした現実を受け入れられなくて、自分の中で偶像を作っているのではなどと現実的な解釈をしようとします。
このあたり、幼い子を抱えて片親となったばかりの難しさが伝わってきます。
ただそれにしても千秋の絵に対する執着、それもあえて暗い・不気味なものばかり選ぶところが尋常ではありません。
タイトルにしても、卓郎が執筆の気分転換にしていた真夜中の散歩に千秋が付いていきたがるようになったことからきているようです。
しかも真っ暗な川にかかる橋にて一心不乱にお絵かきをするという。
夜の暗い水面って大人でさえ怖さを感じるというのに、そういうのを好むのはやはり禍々しいものに魅入られているとしか言いようがありません。
やがて千秋の描いた絵は周囲の大人たちさえも狂わせてゆく。*2
幼稚園児という年頃や母親を亡くした不安定さを差っ引いても、千秋の異常な言動には不気味さを感じざるを得ませんでした。


後半は千秋が「青い顔の女」にこだわるのは何かを見てしまったからではないかと探るミステリ仕立てになっていて、そこで浮かび上がる第3の女。あくまでも過去に起こった事実が明らかになるだけで、本人が生きているのか死んでいるのかがわからないのも怖い。
そして意外な事実が三沙子や千秋に繋がっていることに卓郎ならずも戦慄します。
全体的なストーリー構成もホラー描写も巧く、つい惹きこまれた作品でした。
最後がやや駆け足気味で、結局この家族がどうなったのかがわかりにくかったのが残念でしたけどね。

*1:生前の三沙子は不思議なものが見えたという彼女の母の隔世遺伝かもしれないと言っていた

*2:肉親のためか卓郎だけは対象外