13期・16冊目 『ミストレス』

ミストレス (光文社文庫)

ミストレス (光文社文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

麻酔医の貴之は、妻と一緒に行ったコンサートで不思議な夢を見る。粛な悲しみをたたえながら演奏する女性の姿だった。夢のことが頭から離れず、彼女の手掛かりを求めるうちに、意外な事実を知る―(「ミストレス」)。ゲリラ活動を追っていた勝太郎は、十二年ぶりに日本へ戻る。音信不通にしていた妻のもとを訪れると、以前と変わらない態度で出迎えてくれた。だが、彼女には隠された秘密があった…(「宮木」)。見慣れた世界が反転する、女性の愛のさまざまな形を描いた短編集。

元は官能作品向けに書かれた短編集ということで、男女の複雑怪奇、かつおどろおどろしい生き様や心情を綴った読み応えある大人の作品集といえます。
男性からすれば、どちらかというとホラー風味に思えます。


「ミストレス」
どんなに素晴らしい演奏であっても、眠気を催してしまうこともあるもの。
ふと眠りに陥った瞬間に現れたのが指揮者の代わりに舞台の前に出てバイオリン演奏をする女性(ミストレス)の姿。
それ以来、主人公はすでにこの世にいない指揮者視線による過去の映像らしきものを見ることに。
夢に見た女性の姿を探し求める男はやがて過去に実際にあった演奏会に辿り着く。
上流階級の一族の女を娶った男が抱く疎外感という共通事項が見せた幻影か。
指揮者の死の顛末へと至るまでの流れが明かされていく過程が秀逸な作品。


「やまね」
結婚間近の男が婚約者の友人の話を聞く。
彼女は同世代とは思えないほどに年齢を感じさせないほど幼くて、まったく無気力で生気を感じられない女性であった。
しかし、同時に不思議な魅力と特殊な事情を持つ女性であり、関わった男が一度は入れ込むが、すぐに離れていってしまう。魔性の女とは違う、あくまでも受け身なだけの不思議ちゃんという印象を抱きます。
彼女自身にも不幸な境遇があって、主人公の同情は愛情に変わり、婚約者を捨ててまで庇護者として付き合うことに。
快活な婚約者と対照的なところに惹かれたのだとしても、まともな男女関係とはだいぶずれていて、その心情が理解しきれないのはやはり第三者目線だからでしょうか。
やがて二人の関係がふとしたアクシデントがきっかけとなってカタストロフへと至るのもやむなしといった気がしました。


ライフガード
新婚旅行先で訪れたホテルのプライベートビーチにて、女はかつて愛したバイク乗りにそっくりな男性を見る。
彼は亡くなったと聞いたはず。単なるそっくりさんか、あるいは記憶を無くした本人なのか?
本来愛すべきパートナーを放り出して他の異性に入れ込む話が連なる中で、本作だけは女性視点でさほど嫌な印象を与えないのが不思議に思えました。
あくまでも過去の幻影のようなものであり、結果的にヒロインを救って消えたからなのでしょうかね。


「宮木」
宗教や民族問題で体制側に抵抗を続けるゲリラの活動に密着取材すること12年。
現地で愛した日本人女性の遺骨を遺族の元へ届けた男は音信不通のままだった自宅へと戻ってみた。そこでは長らく家を守っていてくれた妻が迎えたのだが、どことなく様子がおかしかった。
いい歳して理想に酔って現実を見ず、世間や他人を見下し、自身は好き勝手してきたのに妻には自分の都合を押し付ける主人公に腹立たしさを覚えますね。
稼ぎも入れないで放置しておきながら、留守中の妻の交際関係(生活の糧を得るための支援は受けたが浮気まで至らず)に腹立てるさまがひたすら滑稽としか。


「紅い蕎麦の実」
陶芸家として絶頂とどん底を繰り返した男はある日アルコール依存症に陥っていることを指摘されて、断酒のために田舎で援農グループに所属して活動していた。
そこで介護の末に父を亡くしたばかりという50歳くらいの女性に出会う。
きびきびとした働きぶりの割にはどことなく世俗離れした印象から、かつて世を騒がせたオウム真理教のような宗教団体を抜けてきたのでないかと推測する。
年齢を超越したかのような魔女ぶりの魅力を持つエリカ。
あくまでも奔放な若いモデルの麻衣。
農家のおばさんに似つかわしくない清廉さを内包する
三人の間で揺れ動く主人公が軽薄に見えるのは確か。
それでもどこか許せてしまうのは、それなりに天国と地獄を見てきた悟りのような境地にあることや、女の方にも裏と表の顔があることがわかったからでしょうか。
ひたすら男女の機微の難しさを感じました。