8期・30,31冊目 『楽園(上・下巻)』

楽園 上 (文春文庫)

楽園 上 (文春文庫)

楽園 下 (文春文庫)

楽園 下 (文春文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
模倣犯」事件から9年が経った。事件のショックから立ち直れずにいるフリーライター・前畑滋子のもとに、荻谷敏子という女性が現れる。12歳で死んだ息子に関する、不思議な依頼だった。少年は16年前に殺された少女の遺体が発見される前に、それを絵に描いていたという―。

『模倣犯』の事件より9年。
あの事件の渦中にて主犯が逮捕されるきっかけを作ったフリーライター・前畑滋子は一躍時の人となったが、同時に自身も精神的に大きなダメージを負い、書くことが怖くなって文筆業から離れていたという経緯が書かれています。
その後、フリーペーパーのプロダクションに身を置き、少しずつ書くことを始めた滋子の元に荻谷敏子という女性が訪れて奇妙な依頼を持ち込みます。
滋子が目にしたのは若干12歳で死んだ彼女の息子・等が描き残したスケッチブック。
それはまるで幼稚園児が描くような稚拙な絵であったが、少女の遺体らしきものが家の下に埋められたものはつい先日報道された事件を示す内容であり、そして何よりも滋子の心を動かしたのは『模倣犯』にて犯人のアジトである山荘に人が埋められている絵だった。
生前の等が心に浮かんだ風景を描いたものだという。
それらの絵の中に12歳の少年が知る筈も無い事実を見出したことから、滋子は敏子の依頼を受けて、同時に過去の自分自身にケリを付けるべく事実関係の調査に動き出すのです。


16年前に両親によって殺された少女・茜が埋められていたという土井崎宅の周辺、そして学校で問題児扱いされた等が児童相談所から紹介されて参加した「あおぞら会」など。
等と土井崎家を直接繋ぐものはなかなか出てこないものの、地道な取材によって少しずつ明かされてゆく事実。
茜の妹・誠子との出会いによって進展が見られたものの、肝心の両親は沈黙したまま。
しかし誠子が持ち寄った物と複数の証言によって、滋子には事件が起こった当時の状況が少しずつ見えてきたかに思えたのですが・・・。
そして断章によって別途進行する少女の日常には不穏な気配があって、本編との繋がりが気になります。


良くも悪くも人間が巻き起こす過ち。それなりの理由があることもあれば、悪いタイミングとしか言いようのない偶然があったりする。
そういった人間模様が織りなす描写につい惹きこまれて、長い物語ですが飽きることはありませんでした。
模倣犯』のような劇的なストーリーを期待すると裏切られるかもしれませんが、個人的には土井崎家と三和家(金川家)に共通する素行不良の子を抱える家族の問題と兄弟間の鬱屈というテーマを描いた点で非常に印象深かったですね。
とある台詞はもし同じような立場になったらと思うと、鋭く胸に突き刺さります。

「身内のなかに、どうにも行状がよろしくない者がいる。世間様に後ろ指さされるようなことをしてしまう。挙句に警察のご厄介になった。そういう者がいるとき、家族はどうすればよろしいのです?そんな出来損ないなど放っておけ。切り捨ててしまえ。前畑さんはそおっしゃるのですか?」

世に報じられる凶悪事件では視聴者は表面的なことしか知りえませんが、その裏側にある関係者の心の襞を丹念に映し出すような描写はさすがと言えましょう。
ただ著者の作品の特徴として、超常現象が人間の心理や行動に露骨に影響を与えるところは人によって好みが分かれるかもしれないです。


数いる登場人物で特に目を引いたのは荻谷敏子。
登場時は普通の野暮ったいおばさんであり、自身の意思を持たない受動的な人生だったと紹介されてますが、物語が進むにつれて懐の深さと聡明さを発揮し、滋子にとっては潤滑油のような役割を演じるまでになっていました。
そして全てが収束に向かい、重い展開のまま終わるかと思われたラストに敏子に嬉しい出会いが訪れ、心温まるエピソードで幕を閉じたのが良かったです。