9期・69冊目 『フェミニズムの帝国』

内容(「BOOK」データベースより)
「助けて」路地の奥から聞こえた叫び。うら若き男性が三人の女にレイプされている。会社帰りに暴行事件にまきこまれた青年いさぎは、まるで“女のように”強い男に助けられる。たくましい女性と結婚して楽しい家庭をきずき、〈男の花道〉で命をまっとうしてますらお神社に英雄として祭られるのが男の幸せ…。徹底した女性優位社会に疑問を感じたいさぎはその男にすすめられるままに、メンズ・リブ運動に身を投じるが。

(注:いろいろとネタバレありです)
22世紀の未来、人類は職業のほとんどを女性が占めている完全な女性優位社会であった。
男は子供のころから男らしくおしとやかに荒事とは無縁に育てられて、25歳までに結婚して専業主夫となり、愛情をもって妻に尽くすのが理想とされていた。
そんな中でタイムリミットである25歳が間近になってきた青年いさぎはとある事件をきっかけに女性優位社会に反対し男性の地位を向上させようとするメンズ・リブ運動に関わることになるのです。


表面だけを見れば若い男性受難の時代と言えましょう。
わざとなんでしょうが、いろいろと登場人物が酷いです。
・電車内で堂々と痴漢したり、うら若き男性を路地に連れ込んでレイプにおよぶ中年女性たち。*1
・男たちのデモを目の敵にして暴力をもって弾圧しようとする集団(通称アマゾネス)。
・女性に媚びるために主人公の秘密を密告する男性同僚。→その結果、主人公を手籠めにしようと目論むセクハラ女性部長。
もっとも男女逆転すればそれっぽいことが現実にあったであろうことは想像できますが。


かといってメンズ・リブ運動の方も過激に走るあまりにおかしなことになってます。
・運動のためには妹の犠牲を何とも思わないリーダー。
・世の女性たちへの恨みかレイプを当然と考える仲間たち。
・男性優位社会時代に出版された小説から都合の良い部分だけを抜き出して極端な男尊女卑理論をぶちあげる博士。
女性優位社会に疑問を感じていたいさぎは、運動に影響されて今までの従順で大人しい「男らしさ」から支配的で強い「男らしさ」を持つべきだと考えるようになってゆくのですが、どこか危うげに見えました。
そんな中で主人公の勤める研究所の所長は女性エリートでも穏健派に属しており、男女平等な世の中を実現しようとしていて比較的まともに感じます。
私的な好意と任務を兼ねて所長に接近したいさぎは議論を重ねるうちに、男性優位のみのメンズ・リブ運動から徐々に考え方を改めていくのです。
そして暴力傾倒の余りに武器をもってクーデター騒ぎを起こそうとする仲間たちから離れて、本当の男女平等実現のために所長の提案する実験に加わることになるのです。
なんとそれは、それは男性の体を妊娠できるように肉体改造を施し、女性は女の子を、男性は男の子を産み分けることでそれぞれの性のモデルとして育てられるようにしようというのでした。
確かに理屈では平等になるとわかっていても、いざ出産するとなると男性としては心理的な抵抗がありそうですが。
ストーリー的には為すがままにいさぎは男児を身籠るも、クーデターが成功し、暗黒の近代が蘇るという幕切れが怖すぎましたね。


逆転してしまった経緯については男性のみ死亡する変形エイズの流行をきっかけとして一応説明付けられるのですが、かつての男性優位社会を逆転させ、かつ極端にしているわけでこれを肯定的に捉えるか否定的に捉えるかは人それぞれかもしれません。
男性である私は最初はとんでもない社会だと思いましたが、実際に女性がそういう立場に置かれていた時代を思うと、読み終えてみてまったく荒唐無稽とは思えませんでした。
21世紀に入って、建前上は男女平等が推進されていますが、固定観念からくる男女差別は今もなお残っているように思います。
そういう意味で著者の狙い通り、色々と考えさせられる内容であるのですが、発表された時代(1988年)としては早すぎた作品かもしれないですね。

*1:結婚できない中年女性は社会に適合できないアブレ者と呼ばれて犯罪に走りやすい