9期・47冊目 『霧の城』

霧の城

霧の城

内容(「BOOK」データベースより)
武田軍に攻められ、落城寸前の美濃・岩村城。元城主の妻として、城を守るおつやの方に敵の大将・秋山善右衛門から一通の書状が届けられた。そこには和議の条件として、おつやと夫婦になりたいという驚きの申し出が―著者渾身の歴史時代長編。

武田信玄の西上作戦に伴い、信濃伊那方面より秋山善右衛門(一般的には秋山信友として知られるが諱としては虎繁が正しいらしい。伯耆守を称したが、本作では主に善右衛門と呼んでいる)が派遣されて東美濃岩村城を攻略せんとします。
一方、岩村城では遠山景任が良く治めていたが、約半年前に病死して以後は妻であるおつやの方(信長の叔母)が信長の五男・坊丸を養子にして守っていました。
何度か攻めかかるも城の守りが固く、正攻法では時間がかかると見た善右衛門は和議を持ちかけます。
条件はなんと、おつやの方と善右衛門*1の婚姻。
それは戦無しに城と地元勢力をそのまま手に入れる妙策であったわけですが、まだ亡夫の喪が明けないおつやの方としてはすんなり承諾できるものではなく。
しかし政略結婚で平凡な結婚生活を営んでいたおつやの方にとって、ストレートに感情表現してくる善右衛門には惹かれるものがなくはなかったのでした。


織田・徳川対武田の戦いは三河遠江が主な戦場だったのですが、信濃と美濃の国境方面でも攻防が繰り広げられていたわけです。
そんな中で父・織田信秀の命により岩村城主・遠山景任にもとに嫁がされたおつやの方は景任亡き後も織田の一門として、幼い養子を迎えて城を支えていたはずなのに、なぜそれを裏切って敵方の将と結婚することになったか?
そこで実はおつやの方を見染めた善右衛門の戦場の駆け引きを超えた想い、それを徐々に受け入れるようなったおつやの方という戦国のロマンスとして描かれているんですね。
実は物語当初の年齢は善右衛門は40代半ば、おつやの方は30代前半、と現代ならともかく人間50年と言われる戦国においては老境に入りかけた遅咲きの恋愛ではあるのですが、この二人が非常に魅力的に書かれているので気にならないですね。
織田家の人間に共通した美貌の持ち主であるおつやの方は城をよく治めていて、城主夫人としても有能で人望もあります。
善右衛門も武田二十四将に数えられる歴戦の将であり、織田家との外交を担っていたこともあって智謀もある優れた男でした。
そんな二人が紆余曲折の末に仲睦まじい夫婦となり、信玄没後もしばらくは平穏な日々が続いたのですが、長篠の戦で武田軍が大敗してから岩村城は織田の支配する東美濃の中で孤立、苦しい戦いが続くようになります。


実際のところ、歴史の流れとしてはだいたい知っているわけで、二人にとって良い結末が待っているとは思えなくても、最後までその幸せを願いたくなるような物語でしたね。
それだけにその最後は一層悲しみが残る結末でした。
また戦国ものは勝者である織田の人物視点で読むことが多いので、こういう逆パターンなのも新鮮でした。

*1:若い頃に妻を亡くして独身だった