2期・74冊目 『指揮官たちの特攻―幸福は花びらのごとく』

指揮官たちの特攻: 幸福は花びらのごとく (新潮文庫)

指揮官たちの特攻: 幸福は花びらのごとく (新潮文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
神風特別攻撃隊第一号に選ばれ、レイテ沖に散った関行男大尉。敗戦を知らされないまま、玉音放送後に「最後」の特攻隊員として沖縄へ飛び立った中津留達雄大尉。すでに結婚をして家庭の幸せもつかんでいた青年指揮官たちは、その時をいかにして迎えたのか。海軍兵学校の同期生であった二人の人生を対比させながら、戦争と人間を描いた哀切のドキュメントノベル。城山文学の集大成。

前々から読んでみなければと思っていた一冊。皮肉にも城山三郎氏の死去によって書店で出会うことができた気がします。
232ページと、比較的薄い本ではありますが、扱っているテーマはこの上なく重いです。


私が特攻について初めて知ったのは、たぶん13歳頃に図書館で読んだ写真がふんだんに使われた日本近代史のグラフ誌*1。その後太平洋戦争に関するドキュメンタリー物や、フィクションながら檜山良昭『日本本土決戦』で使われた(使われるはずだった)兵器や運用についても知ることができました。軍としては敗勢が決した中、実質死を強要する、もはや戦術とは言えない愚劣な戦術を1年近くの期間、多くの死者を出しながら続けられたことは信じがたいことではありました。


関行男大尉と中津留達雄大尉は海軍兵学校同期であり共に優秀な艦爆乗りであると同時に指揮官でした。その性格は正反対と言ってもいいでしょうが、いずれも新婚と言っていい環境(中津留大尉は長女が生まれたばかり)で戦死時は23歳という若さ。この二人の短い人生を中心に、特攻作戦の実態について当時の関係者の証言や著書まで引きながら詳しく述べています。そこにはもう少し戦争が長引いていたら特攻隊として出撃せざるを得なかったであろう当時17歳の著者の体験と、戦後自ら各地で検分した感想もまじえてあるので重みがあります。


当初は「外道の統率」*2ながら敵に有効な打撃を与えるためにやむを得ず取られた戦術が、次第に唯一と言っていいほどになっていく過程。飛行機と呼ぶものならば練習機や水上機であっても駆りだしたり、兵器とは言うにはあまりにもお寒い伏龍の考案、それでいて指揮官以外は海軍兵学校ではなく学徒動員の一般学生出身者で占められた(いわばキャリア組である海兵出身者を温存した)...等など。
本書で書かれている特攻の実態を知るほどにあがき続ける軍の末期的症状を改めて見せ付けられるのです。


特攻隊として死ぬべき運命が決まった兵たちが最後の宴を催した料亭にて、柱に残る無数の刀疵。そこに言葉では勇ましいことを言っても「なぜ死ななければならないのか」というやりきれない思いで切り付けた彼らの無念が強く伝わってきました。


さて、関行男大尉ですが、なぜ彼が特攻指揮官に選ばれたかには謎があります。

  • 元々艦爆出身であったのに戦闘機隊に配属された。*3そして戦闘機専門の士官がいるのに、関大尉をわざわざ指名した。
  • 当初は建前上、長男・一人っ子・親1人子1人・家庭持ちは除外されるはずが、全てに当てはまる関大尉が指名された。
  • 上官に指名されて即諾したと言われているが、実際は一晩悩んだ末に断るわけにはいかず結局受け入れた可能性が高い。

他にも基地において士官同士の諍いがあったらしいことなど(しかも関大尉の性格に問題あったのか?)。
このように謎をいくつも提起しておきながら、さらっと次に進んでしまうのが不満でしたね。
少なくとも、軍人だから特攻を従容として受け入れられたのではなく、逆に知識と技術を叩き込まれたプロの軍人だからこそ死を前提とした出撃に深い懊悩があったのではないでしょうか。
いずれにせよ、死後は軍神扱いとしてその死をも利用され、敗戦後は逆に軍国主義の象徴として叩かれる。1人残された母親の悲嘆は著者の取材からも伝わってきますが、黙して語らず。その心中は想像に絶するところです。


中津留達雄大尉は記述によると新鋭艦爆「彗星」隊の隊長であり、部隊は本土決戦用に温存されていたとのこと。8.15の時点では敗戦を知らされていなかったとは言え、本来は生き残れる側だったはずです。宇垣纏司令官が最後の出撃を決意しなければ。
この宇垣司令官の出撃自体に関しては、事実を淡々と書くに留め、論評は差し控えています。
ただその出撃で米軍に損害を与えるのを避けて何も無い地面に突入したことにより、終戦直後の騙まし討ちの汚名を着せられることを防いだこと。*4それから中津留大尉の父の言葉「宇垣さんが息子を道連れにしなければなぁ」という言葉の紹介に深い意味が込めれれているようです。

*1:おそらくどこかの新聞社より刊行されたものと思われる

*2:海軍として最初の組織的な航空機特攻作戦を発令した大西瀧治郎海軍中将の言葉

*3:これは前線において爆撃機が消耗したからという説明がつけられなくもない

*4:機上でどんなやりとりがあったのか、想像に尽きないところです