8期・64冊目 『氷海のウラヌス』

氷海のウラヌス (祥伝社文庫)

氷海のウラヌス (祥伝社文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
昭和十六年九月二十五日、一隻の最新鋭艦が密かに横須賀を出港した。その名は「ウラヌス」、対米戦必勝をもくろむ日本海軍の特使とヒトラーへの“贈り物”を乗せていた。目指すはドイツ占領下のノルウェー。しかし、行く手には暴風雪吹き荒れる北極海、そして、圧倒的な敵の海空軍が待ち受けている。列強の策謀渦巻く非情の海を、国運を賭して独り行くウラヌスの運命は?太平洋戦争勃発の陰に隠された誇り高き男たちの物語―比類なき冒険サスペンスの傑作。

昭和十六年、対米開戦を推進していた軍の強硬派の不安要素は開戦後にドイツが参戦してくれるかということ。
当時結ばれていた三国同盟では第三国から「攻撃された」のではなく、「攻撃した」のでは参戦義務の規定は無かったため。
そこで日本海軍の切り札であり、当時の水雷戦の常識を打ち破る秘密兵器・九三式魚雷*1ヒトラーに贈呈することでその決意を促そうという提案がなされたわけです。
日本側の特使として選ばれたのが、かつて海軍主流派のエリートでありながら、三国同盟に反対して閑職に回された堀場大佐。そして水雷専門の士官として望月大尉。
とはいえ、交戦中のドイツと中立国の日本という立場から表だって兵器を渡すわけにいかず、ドイツの仮装巡洋艦(元は砕氷船)・ウラヌスによって隠密裏に運ぼうという作戦計画です。
ウラヌスの艦長は優秀ながらも日本人を黄色い猿と蔑視している人種差別者のハイケン大佐。
行程のほとんどを敵国が支配する北極海を突っ切って、ウラヌスは無事ドイツに届けられるのか?


軍事同盟を結びながら日独二国間はユーラシア大陸をもって遠く隔てている上にほとんど連合国側の支配下にあります。
それゆえ連絡には非常に困難が伴うのですが、それを題材とした軍事サスペンスとしては零戦空輸をテーマにした佐々木譲『ベルリン飛行指令』を思い起こしますね。
本作は仮装巡洋艦による北極海突破だけに戦闘シーンは少ないながらも過酷な自然環境との戦いも見もの。
また困難な作戦を前にどうなることかと思われたハイケンー堀場・望月との冷ややかな関係も実戦を通じて徐々に変化していくのも面白い。
主要人物の造形も優れている上に、国家の違いや軍人としての建前を超えて、戦友としての絆や人としての誇りを全うする男たちの生き様が熱い。
作戦と同時並行して日本・ドイツの思惑・外交の裏事情の描写も相まって、ウラヌスの運命が気になってしまう。
特に戦史に興味なくても楽しめるサスペンス・アクション小説ではないでしょうか。


気になったのが英海軍との戦闘で、10,000mの距離で発射した魚雷が三本中二本も命中したのが奇跡的すぎる点ですね。お互い動いている海戦で長距離で魚雷を命中させるのは非常に難しいと言われているので。*2
まぁクライマックスで当たらないんじゃ話にならないからしょうがないですけどね。

*1:速度・航続距離・威力が段違いな上、航跡を残さないため非常に発見しづらい

*2:史実でもスラバヤ沖海戦では9000〜18000mの距離での魚雷発射総数188本のうち命中したのはわずか4本だったという記録がある