8期・63冊目 『沈黙』

沈黙 (新潮文庫)

沈黙 (新潮文庫)

内容紹介
島原の乱が鎮圧されて間もないころ、キリシタン禁制の厳しい日本に潜入したポルトガル人司祭ロドリゴは、日本人信徒たちに加えられる残忍な拷問と悲惨な殉教のうめき声に接して苦悩し、ついに背教の淵に立たされる……。神の存在、背教の心理、西洋と日本の思想的断絶など、キリスト信仰の根源的な問題を衝き、〈神の沈黙〉という永遠の主題に切実な問いを投げかける長編。

鎖国と並行して行われた江戸幕府キリスト教禁止令。
外国人司祭は国外追放され、信徒はすべて表向きは仏教に改宗させられましたが、実際には多くのキリスト教信徒が隠れて信仰を持っていたようです(隠れキリシタン)。
しかし天草の乱勃発によって幕府は一層厳しく取り締まることになり、見つかれば厳しい拷問の末に改宗(転び)させられる。
そんな時代にある知らせがローマに届けられるところから始まります。
イエズス会の高名な神学者であり、日本管区長代理を務めたクリストヴァン・フェレイラが日本での苛酷な拷問に屈して、棄教したのだという。
その真偽を確かめるべく、フェレイラの弟子であったロドリゴ、ガルベという若い司祭が日本に密入国を企てます。
しかしキリスト教が権力者によって保護され隆盛を誇っていた時代と違って、今では入国することさえ困難。
そこで厦門で出会ったキチジローという日本人に道案内を依頼するのですが、どうにも惰弱で信頼しきれない。
それでもなんとか長崎付近の隠れキリシタンの部落に辿りつき、二人の司祭は歓迎されるのですが、そこで知ったのはキリシタンにとって予想以上に厳しい現実でした。


前半はロドリゴの手記の形で綴られているのですが、そこから伝わるのは彼の純粋とも言える宗教者としての熱意。
そして、ろくに施設も道具もないが、異国で貧しくも熱心な信徒と触れ合える喜び。
今まで搾取されるだけだった農民が初めてキリストの教えに出会い、救いの喜びを知ったのに、それを奪われるという苦しみをわが身のように感じています。
彼らを救うことができないのか、神はなぜ沈黙を保ったままなのか?
ロドリゴの思い悩む様がダイレクトに伝わってきて重苦しいです。


後半はキチジローの裏切りによってロドリゴが捕縛され、フェレイラとの再会など紆余曲折の末に「転ぶ」までを第三者目線で描いています。
最後まで信仰を守り華々しい殉教を遂げることを誓うも、かつて同じ立場を辿ったフェレイラによる告白など予期せぬ出来事に揺さぶられ、最後はキリスト像をその足で踏み、その痛みを感じることによって心中に言葉を聞く。
そこに至るまでが劇的な展開が描き出されており、読む者の心を動かします。
一度はロドリゴを裏切り軽蔑を受けながらも、告悔を求めて囚われの司祭に縋りつくキチジローの存在は、作中ではキリストとユダの関係に似通せていて、本来ならば裏切り者として指弾すべき人物なのにどこか憎みきれません。
信仰を守るために死を受け入れられるような強い人間ばかりではなく、キチジローのように強者に屈しながらも、救いを求めざるを得ないのが普通の人間として、どことなく共感できてしまうからかもしれません。
特にキリスト教について興味はなくとも、信仰とはいったい何なのか?そして日本人精神における宗教の変容という点も含めて、いろいろと感じることの多かった内容でしたね。