朱川湊人 『冥の水底(上・下)』

内容(「BOOK」データベースより)
市原玲人が、友人の光恵から見せられた写真には「狼男」が写っていた。忽然と姿を消した光恵を、玲人は息子の一真と探し出そうとする。時は30年近く遡る。山奥で暮らす、ある「力」を持った“マガチ”の青年シズクは、初恋の少女を追いかけて上京する。ふたつの時が交錯し、物語はあまりにも切ないエンディングへと疾走する。

医者・市原が腐れ縁の女性ライター・平松光恵から相談を受けた際に見せられた検死写真には顔が犬と化した男が写っていました。それはまるで伝説の狼男のように見受けられました。
よくできた偽物だと信じなかった市原は光恵がいかがわしい噂話に首を突っ込んでいるのではないかと心配します。
長年の付き合いがある光恵の頼みを受けて、彼女宛の荷物をマンションに取りに行ったのですが、光恵行方不明になっただけでなく、管理人が何者かに殺されてしまい、最後に接触した市原は警察に疑われる立場になってしまいます。

市原には離婚歴があるのですが、妻は以前から市原の上司と浮気していて、浮気相手の子を身籠って産んでいました。市原は知らずに我が子・一真を可愛がっていたのですが、突然妻が告白して離婚されてしまいます。
ショックを受けた市原ですが、血は繋がっていなくても、我が子だと信じていた一真への愛情は変わることなく。
ある日のこと、家出してきた一真と共に“マガチ”にまつわる騒動に巻き込まれていきます。

また、東北のどこか山奥でひっそり住んでいる曲地谷(まがちや)一族の少年・シズクがある女性宛への手紙が綴られます。
シズクは幼い頃の経緯*1から同級生だった麻弥子への罪悪感が恋心に変わり、彼女を追うように東京に働きに出てきたのです。
故郷に仕送りをする約束で工場で働きつつ、麻弥子宛の手紙を書き続けるのですが、実は一度も出していません。
最初は小学生並みの拙い文章ですが、徐々に漢字を覚えていく様子がわかります。

実は“マガチ”の一族には秘密があり、山の気を使った超能力が使えるというのです。それは動物のように変化(バンテンと称している)して、人間を超えた能力を駆使する。
シズクに備わっているのは名前の通りに水を扱う能力。
ただ、バンテンすると人から離れた容姿になってしまう上にほんのわずかな雫しか出せない。興奮するなど強い感情を抱くと勝手にバンテンしてしまうという、非常に使い勝手の悪い能力でした。


市原の現在は平成後期、シズクが東京に出てきた昭和55年に始まり、昭和の終わり頃まで続くので、両者の間にはだいぶ差があります。
過去に実際にあった事件にシズクが関わることで、著者得意のノスタルジー感を出しているのかもしれませんが、本作に関してはあまり意味をなさなかった気がします。
そのあたりで中だるみを感じてしまいました。
ただ、市原は血の繋がらない息子・一真、シズクは初恋の相手・麻弥子。たとえ手が届かなくても、たとえ第三者の悪意があっても、相手を大事に想うという共通点があって、切ない感情はよく伝わってきましたね。
終盤はそれまで謎だった部分が一気に解き明かされる怒涛の展開なのですが、ラストを迎えた後、市原と一真の関係、および麻弥子がシズクに対してどう感じていたのか、いくつか知りたかった部分に言及されずに終わってしまったのが消化不良に感じました。

*1:車が脱輪していたのを助けた。それが家を出て行く麻弥子の父と知らず。

横山信義 『烈火の太洋1』

昭和一四年、日本陸軍は満蒙国境ノモンハンにてソ連軍に押され続けていた。このまま日ソ全面戦争に発展することを恐れた日本は、急ぎドイツ・イタリアとの同盟を締結。ソ連軍も矛を収め、相互不可侵条約が成立した。だが、北の脅威がなくなったことに安堵できた時は短い。ドイツがポーランドを攻撃、イギリス・フランス両国と戦争状態を引き起こしてしまう。三国同盟の約定により参戦することとなった日本は、西太平洋のイギリス領・フランス領を攻撃。マレー・シンガポールビルマなどを占領し、連合艦隊はインド洋へと進出した。だが、そこにはイギリス海軍の最強戦艦が待ち構えていたのである――。

横山信義氏の新シリーズです。
『荒海の槍騎兵』が完結してから2か月程度。この早さはさすが。
とはいえ、やっぱり太平洋戦争を題材にしているように思いきや、プロローグは昭和15年の半ばであり、本編は昭和14年ノモンハン事変から描かれているのが珍しく感じましたね。
ノモンハン事変解決の意味合いもあって史実よりも早く、平沼内閣の時代に日独伊の三国軍事同盟と対ソ不可侵条約が結ばれました。
ナチスドイツのポーランド侵攻をきっかけに英仏が宣戦布告。事実上の第二次世界大戦が始まったのですが、日本も早々に参戦したのが史実との大きな違いであり、ここからのifを描くようです。
ドイツが西ヨーロッパを席巻する中、アメリカから石油・鉄などを禁輸された日本としてはまず東南アジアの英仏蘭の植民地を攻めます。
ここで重要なのはフィリピンに駐在するアメリカ軍との戦端を開かないこと。
ルーズベルト大統領は中立を公約しているために自国からは戦争を始められませんが、その代わりに徴発行為を繰り返します。
それに乗ることなく、日本軍は仏印、マレー、シンガポール*1、蘭印・ビルマの植民地軍を蹴散らして占領。長期持久体制を整えました。
次なる目標はインドです。
本国に火がつきかけている大英帝国であっても、さすがにインドは捨てられるわけがなく、本国からネルソン級戦艦2隻と空母1隻を増援に向かわせます。
GFとしてもここが正念場として、赤城・加賀を始めとした機動部隊に戦艦長門陸奥を基幹とした戦艦といった主力を派遣。
かくして、アジア方面における日英の決戦が始まろうとしていました。

まだ零戦の実戦配備は始まったばかりで、艦戦の主力は96式なんですよね。主兵装が7ミリというのが心もとない気がします。
とはいえ、前哨戦である航空戦は量質ともに日本軍が圧倒します。
本番では史実には発生しなかったビッグセブン同士の砲撃戦ということで、否応にも期待が高まりました。
同じ40cm主砲を持つも、一隻あたりの砲数はネルソン級が上回りますし、全て前に配置しているためにT字を描いても有利となりません。
ただ、日本側は36cm砲とはいえ金剛・榛名がいます。
数的劣勢にある英軍はある奇策を用いて、機動部隊を封じ込めようとするあたり、さすが一筋縄にいきませんね。

シリーズ序盤ということもあり、英軍が意地を見せるも、日本軍が勝利を収めました。
しかし、フィリピン方面では恐れていた事態が!?
果たして事故なのか、故意なのか。
表向きは正義だの世界平和だの言いながらも、目的のためには手段を選ばない国ですからねぇ。なにやら謀略の匂いが…。

*1:軽空母・巡洋艦主体の英東洋艦隊はインド洋に避退。

最近観たアニメ・映画(『あの花』/『アイアムアヒーロー』

あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。
『あの花』と略されていたこともあり、正確なタイトルをなかなか覚えられなかったこのアニメ。公開から10年経っていたんですね。
秩父市が舞台になっていることと、めんま本間芽衣子)・あなる(安城鳴子)だけはネットで見て知っていました。
たまに秩父鉄道に乗って秩父方面に行くこともあったので、ポスターを目にして認識はしていたのですが、この度初めて観ることになりました。

子供の頃は超平和バスターズを名乗り、仲良しだった6人組が高校1年生となって、それぞれバラバラになっているという状況から始まります。バラバラになったきっかけはマスコット的な存在だっためんまが死んだこと。
主人公・じんたん(宿海仁太)の現在が対人恐怖症気味の不登校。かなり閉塞的なので前半はもどかしい印象がありました。
突然、幽霊として現れためんまは死んだ当時の精神のままのために明るく無邪気で、再会したぽっぽ(久川鉄道)も昔と変わらぬ親しさ。めんまを成仏さえるため、2人に引っ張られるようにじんたんが行動を起こすところが良かったです。
あなるも同じ学校に入ったじんたんのことを気にかけているのはわかるんだけど、男女の差というか、なかなか伝われないですね。ギャルっぽい雰囲気なんですけど、本当は初心(うぶ)なところが可愛い。つるこ(鶴見知利子)曰く「人に流されやすい」あたりはずっと変わらないようです。
ゆきあつ(松雪集)はつるこが評したように性格が歪んでいて、すっかり嫌な奴になっていましたねぇ。
もっともじんたんだけでなく、誰もがめんまを亡くした過去に囚われていて*1、それはめんまの家族も同じ。じんたん以外に見えない幽霊のめんまを願いを叶え(成仏させ)ようと奔走することで物語は盛り上がっていきます。

花火の打ち上げシーンもなかなかですが、見どころは日記帳や蒸しパン*2を通じて、5人がめんまの存在を受け入れるところですかね。
花火の打ち上げ費用捻出を通じて、5人が徐々に打ち解けていき、昔の呼び方に戻っていくところ。「あなる」だけは可哀そうだけど(笑)
そして、もちろんラストのかくれんぼですね。
作中を通じてじんたんの亡き母親が大きな役割を果たしていたことに気づきます。
復学したじんたんとあなる。ゆきあつとつるこの関係。働きながら高認試験勉強をはじめたぽっぽ。5人のこれからが気になった私はこの物語の魅力に囚われてしまったようです。
だから続けて劇場版も見てしまいました。
劇場版は1年後の夏が舞台となっていて、めんまへの手紙を書くところから始まっています。
手紙を通じてそれぞれの思いが本編の場面を混ぜながら描かれます。新たに子供の頃の様子。特に外国人の容姿のためにクラスに打ち解けられなかっためんまにじんたんが声をかけ、仲間になるきっかけが描かれたのが良かったです。
単なるダイジェスト版とならず、本編に感動した人にとってはより深く楽しめる内容となっていたと思います。



アイアムアヒーロー
ビッグコミックスピリッツ』にて2009年から2017年まで掲載されていた漫画が映画化されたものです。
私自身、かつては毎週楽しみに読んでいました。途中で雑誌を買うのをやめてしまったので、最後はネカフェでまとめて読んだ覚えがあります。
漫画原作の実写映画化となると、設定や展開が変わりすぎて期待外れとなるパターンが多いのですが、こちらは評価コメントを見たら意外と高評価でした。
いわゆるゾンビパニックもの。噛みつき事件をきっかけに爆発的に食人鬼が発生。あちこちで恐ろしい姿に変貌して人間に噛みつく。噛みつかれた人は短時間*3で動き出し、また人に噛みつくことで爆発的に広がっていく。そんな恐ろしい光景が繰り広げられ、ネット上でもZQNとして話題になっていきます。
ZQNは人間としてのリミッターが外れたようで、力が強く動きも早い。手足を失っても動き、獲物に襲い掛かる。音に大きく反応。獲物が近くにいない場合は生前の日常的な言動を繰り返す。*4頭部を破壊しないと動きを止めないという厄介な存在です。

主人公・鈴木英雄(35)は漫画家ではあるのですが、デビュー作が早々に打ち切られて今はアシスタントで食いつないでいる生活。同年代の恋人てつことアパートで暮らしています。
英雄は再び雑誌掲載を目指して執筆を続けていますが、雑誌編集者には相手にされません。クレー射撃が趣味で自宅にライフルを保管しています。
ある晩、漫画家として一向に芽が出ないことに癇癪を起こしたてつこによって、ライフルごと外に追い出されてしまい、公園で過ごします。その間、世間は大きく動いていたことに気づかずに。

わりとくどい描写(そこが良いところではあるけれど)の原作と違い、映画ではZQNが蔓延してからの展開は早かったです。
特に世間がZQNをはっきりと認識できていない段階で街中がパニックとなっていくのが映画ならではの見どころ。平日ということもあって、通勤通学で外に出ていたらまず生き残れませんよ。
逃げ惑う英雄はたまたま停車していたタクシーに乗って逃げる際にヒロインの比呂美と出会います。
乗り合わせた男性→運転手が感染した中、危機一髪を乗り越え生き残った2人はネットで富士山に行けば感染せず安全だという情報を鵜呑みにして徒歩で向かいます。
実は比呂美は赤ん坊に噛まれていたことで感染してしまうも、襲いかかってくることなく、逆にZQNに襲われた英雄を助けてくれるのでした。
女子高生と2人きりでも変な気を起こさず、買ってあったパンを分けたり、半感染した彼女を見捨てず連れていく英雄の人の好さが出ています。
途中で立ち寄ったアウトレットモールでは、生き残った人々が屋上で生活を続けていたのですが、やはりZQNも多く、食料など問題を抱えていて…。

原作の登場人物ををベースにしつつ、かなりの独自展開を見せていますが、時間の限られた映画としてはよくまとまっていたと思います。
原作で英雄はかなりの妄想癖があり、映画でも何度か出ますが、くどいほどじゃないです。
主演の大泉洋が鈴木英雄のイメージ通りに好演していました。
クライマックスとなるアウトレットモールでの脱出をかけた戦いには目が離せなかったですし、まさしくヒーローとなった英雄が格好良かったです。
ヒロインの比呂美を演じた有村佳純は可愛くて魅力的だったけど、いじめられていたという原作の背景がまったくなくて、完全に感染しなかった理由がわからないままでしたね。*5
細部はともかく、映画としては原作設定を活かしつつ、ちょうどよい区切りで終わらせることができたと思います。

*1:誰も自分のせいで、めんまが死んだと思い込んでいる。

*2:昔じんたんの母親が作ってくれた。

*3:劇中では早くて数分程度だが、実際は噛みつかれた位置などにより個人差あり。噛みつかれて傷つく(出血)ことで発症。

*4:買い物や通勤している様子や「いらっしゃいませ」を繰り返したり。意味不明な行動を取るZQNもあり。

*5:原作では半感染した人には共通点がある。

横山信義 『荒海の槍騎兵6-運命の一撃』

フィリピンへ来寇した敵上陸部隊を撃滅すべく、連合艦隊の全戦力を投じる捷号作戦が開始された。開戦以来の連戦により、戦力の大半を失った機動部隊は囮となり、米海軍空母部隊を戦場から引き離す作戦を実行、甚大な損害を被りつつも成功に導く。一方、大和、武蔵ら水上砲戦部隊はレイテ湾を目指し進撃を開始。だがそれは、米海軍の新鋭戦艦が待ち構える阻止線の正面突破を意味していた――。前衛隊として突き進む防空巡洋艦「青葉」の前に、米海軍の防空巡洋艦アトランタ」が立ち塞がる!

前回から続き。戦艦大和・武蔵を始めとする砲戦部隊はレイテ突入を目指しますが、狭い海峡の向こうでは米軍がT字を描く形で待ち構えています。
そのまま通り抜けようとしても、日本海海戦で敗北したバルチック艦隊の二の舞となるのは確実。
そこで巡洋艦駆逐艦を前にした横列という古臭い陣形で進んだ日本艦隊が海峡の手前で放ったのは400本以上の酸素魚雷*1
遠距離のために2%以下の命中率でしたが、それでも米軍には20本近い魚雷が当たり、戦力の半分近くが失われた上に大混乱。
各艦は粘りましたが、数に勝る日本軍が勝利を収めて、そのままレイテまで突き進みます。
その結果、途中で立ち塞がった護衛の艦隊はじめ、多数の輸送船団が沈んだ上に上陸途中であった陸軍部隊にも砲弾が降り注ぐことに。
そこまでは史実では無しえなかったレイテ突入作戦の理想であったと言えましょう。
しかし、吊り上げれてしまった米機動部隊がそのまま帰すわけにはいかず、執拗に航空攻撃を仕掛けてきます。
頼みの防空巡洋艦も海戦で撃ちまくったために弾数不足。
その結果、戦艦大和・武蔵に攻撃が集中することに…。
著者の作品で2隻ともあのような形で沈められたのは珍しいかも。
仮にですけど、生き残っても南方で動けないまま終戦を迎え、米軍に引き渡されるくらいならば、ライバル戦艦を主砲で沈めるという活躍の末に沈むのは艦にとっての本懐かもしれませんね。

前半の海戦によって盛り上がったのですが、後半はやや史実をなぞるように進んでいきます。
なにせ、連合艦隊の主力と引き換えに沈めたのは戦艦・巡洋艦駆逐艦ばかりであり、肝心の機動部隊は健在だし、マリアナ諸島を攻略されたことでB29が進出。首都圏が空襲範囲に入ります。
新鋭の戦闘機や防空巡洋艦も奮闘してB29を撃墜しますが、押し寄せるB29の大群、それに跳梁する潜水艦によって、日本の継戦能力は落ちていくのでした。
一方、欧州では大陸反攻失敗によって英米からソ連への援助打ち切りが影響して、ドイツはなんとか本土で踏みとどまっていますが、それでも敗色濃厚。
そんな中でアメリカは切り札である原爆の投下準備にかかっていたのでした。

サブタイトルの「運命の一撃」がまさに終戦のきっかけになったということでしょう。
当時の日本海軍のウィークポイントであった防空の補強。そこに目を付けたのはわかります。
現実的かどうかは別として、最後まで防空艦を主役に置いて書きたかったのだろうなぁと思います。史実では早々に沈んでしまったレパルス、それに青葉・加古、ろくに活躍できなかった北上・大井・酒匂あたりに見せ場があったのは良かったですね。
これでシリーズ完結。6巻なので最後は駆け足気味だったように思えます。
次も太平洋戦争を題材にするんですかね? 同じ架空戦記でも違う時代や地域を取り上げてみてもいいんじゃないかと思いますけど。

*1:重雷装巡洋艦である北上と大井が含まれていたため。

中山七里 『ヒポクラテスの憂鬱』

内容(「BOOK」データベースより)
“コレクター(修正者)”と名乗る人物から、埼玉県警のホームページに犯行声明ともとれる謎の書き込みがあった。直後、アイドルが転落死、事故として処理されかけたとき、再び死因に疑問を呈するコレクターの書き込みが。関係者しか知りえない情報が含まれていたことから、捜査一課の刑事・古手川は浦和医大法医学教室に協力を依頼。偏屈だが世界的権威でもある老教授・光崎藤次郎と新米助教の栂野真琴は、司法解剖の末、驚愕の真実を発見する。その後もコレクターの示唆どおり、病死や自殺の中から犯罪死が発見され、県警と法医学教室は大混乱。やがて司法解剖制度自体が揺さぶられ始めるが…。

一見なんでもないような事件・事故で亡くなった死者を解剖によって隠された真実を暴くヒポクラテス・シリーズ。実は読むのは初めてです。
著者のシリーズではお馴染みの渡瀬警部の相棒・古手川刑事を主人公に置き、法医学教室の新米助教・栂野真琴というコンビ。
真琴が勤める浦和医大には世界的権威ではあるが、偏屈で毒舌な老教授・光崎藤次郎。
それに光崎教授の名声に惹かれてアメリカからやってきたキャシー・ペンドルトン准教授は(死体解剖に関する)好奇心旺盛な変人。
まっすぐで直情径行な古手川刑事と真琴に対して、キャラの濃すぎる先輩という、いかにもドラマが始まりそうなキャスティングですね。
連作形式の一話完結型であるのもドラマ的ですが、すべての流れが最後の話に結びついていくあたりはさすがと言えるでしょう。

一 堕ちる
人気絶頂のアイドルが舞台から落下した事件。
もともとおっちょこちょいなところがあった若いアイドルの痛ましい事故死ですが、解剖によって思わぬ展開を見せます。
二 熱中(のぼ)せる
ベランダにて遊んでいた幼児が熱中症にて死亡。しかし、通報した母および内縁の夫に対する尋問では明らかに不審な点が出てきて虐待が疑われます。
三 焼ける
新興宗教団体の教会から火が出て教祖が焼死体で見つかります。教祖を神格化する幹部らは信者を動員して、遺体の解剖を阻もうとします。
四 停まる
散歩中の老人が行き倒れて急死。既往症があったことから、心不全化と思わましたが、直前に保険金の額が上げられたことがわかったこと。妻からDVを受けていたことがわかるのですが・・・。
五 吊るす
若い女性が首を吊って自殺。彼女は銀行の金を横領していたことを苦にしていた思われるのですが、遺族は罪を犯して自殺したとはとうてい信じられません。唯一繋がりのあったと見られる証券マンには過去にも同じように自殺した女性と繋がりがあって・・・。
六 暴く
古手川刑事の同期の交通巡査が突然の飛び降り自殺。そんなことをするような人物ではなかったと信じる古手川は真相究明のために解剖を望むものの、遺体解剖が増加していたために費用が底をついている状況なのでした。

一連の話に共通しているのは修正者<コレクター>という人物によるインタネット上の書き込みに端を発しています。
単なるいたずらにしては内部関係者しか知らない情報も含まれていたことと、外国サーバーを巧妙に迂回していたために警察は振り回されます。
五、六までくると、修正者<コレクター>の意図は想像つくのですが、前半くらいまではさすがにわかりませんでしたね。
最近は医療ドラマも増えてきて、検視官や法医学という言葉も耳にします。
それでも死体を扱うだけに脚光が当たりにくく、専門用語も頻出します。そんな題材をよくぞここまでエンターテインメントとして仕上げたものですね。
特に「死体は嘘をつかない」とばかりの光崎教授の熟練の技には唸らされますね。下で働く真琴は苦労しているようですが(笑)

まいん 『食い詰め傭兵の幻想奇譚 15』

内容(「BOOK」データベースより)

何とかレイスを撃退し、戦争を勝利へと導いたロレンたち。しかし、こちらが敵国の領地へと軍を進めるとそこには異常なほどに鎮まりきった街があった。首都へと歩を進めるロレン達は現王国への抵抗勢力接触し、現在の王が謎の男によっておかしくなってしまったことを知る。王を変え、傭兵団壊滅の真実にかかわる、ロレンと因縁のあるあの男がその姿を現す―!!これは、新米冒険者に転職した、凄腕の元傭兵の冒険譚である。

王国との戦闘に帝国側の遊撃部隊として参加したロレンたち一行。
帝国に雇われた、強大な炎の術を駆使する憤怒の邪神レイスを苦労の末に撃退し、戦線は帝国有利に動いたところで役目を終えたロレンたちは帰途に就きます。
しかし、そこで元傭兵弾団長にして今や帝国の将軍となっているユーリが単身やってきて依頼事を切り出してきます。
そこでユーリから傭兵弾壊滅の理由を聞かされて、あの黒鎧の男(マグナ)が関わっていることを知るのですが、ロレン自身の秘密に関してはユーリ自身も制約があって言えないというのです。
とにかく、ユーリの頼みでロレン(ラピスとグーラ)たちは王国内に赴いて、状況を探ることにしたのですが、どこまで行っても、どんな大きな街であっても、人っ子一人見ることなくて困惑するばかり。
しかし、グーラは微かに残っていた痕跡から、邪神が関わっていることに気づくのでした。

今までいくつか伏線のあったロレンの秘密とマグナとの因縁について、ユーリによって明かされるのかと思いきや、おそらく魔術的な強い制約があるようで、肝心な部分は明かされません。
それでも、ユーリは赤ん坊だったロレンをマグナの手から逃がすためにわざと傭兵団を壊滅させたのだと窺えます。
気になるのは、ロレンが赤ん坊だったということは20年くらい前?
マグナはそんなに歳がいっていなく、20代後半から30代くらいに思えますが、古代の魔術かなんかで不老不死なんですかね。
作中での会話からすると、マグナは古代王国でかなり上の立場。かなりプライドが高く、王侯貴族の位置にありそう。そして、ロレンは対立する勢力によって保護されていたように感じました。

ラストでマグナの目的が明らかになり、その脅威に大魔王が対策を取るところまで書かれます。
いよいよシリーズは佳境に入っていくのを感じさせます。
ここで問題はWebの原作が更新止まっていること。間隔が空きながらもかろうじて連載は続いていたのですが、次の16巻で追いついちゃいますね。
ここまできたら、せっかくだから最後まで続けて欲しいものです。

横山信義 『荒海の槍騎兵5-奮迅の鹵獲戦艦』

マリアナをめぐる決戦に勝利を得られなかった連合艦隊中部太平洋最大の根拠地であるトラックを失った。環礁を占領した米軍は大航空兵力を送り込み、難攻不落の航空要塞を建設する。次の戦場はマリアナかフィリピンか。おそらく、この戦闘で日本の命運は決する。だが歴戦の空母は撃ち減らされ、艦上機搭乗員の補充もままならない連合艦隊には米艦隊と正面から戦う力はすでに失われていた。新司令長官小沢は、わずかな勝機に賭けて、機動部隊を囮として砲戦部隊を突入させるという作戦を命じた――。

前巻での機動部隊同士の激突はほぼ痛み分けとなりました。
ただ、日本側は開戦以来の活躍をしていた正規空母が撃沈。貴重な搭乗員も多数犠牲になったのに対し、米軍で失われたのは軽空母のインディペンデンス級のみ。後方から機体と搭乗員を補充してトラック基地を攻略。
つまり、物量で押した米軍が戦略的勝利を収めたのでした。
アメリカ軍としてはこのままマリアナ諸島を攻略し、最新鋭のB29を配備。そこから日本本土に大空襲を繰り返していけば、勝利は確実とみられました。
しかし、史実との相違点はノルマンディーの上陸戦失敗とルーズベルトが大統領選に敗北したこと。
政治的事情もあって、中部太平洋はトラックの要塞化のみ。侵攻ルートとしてはマッカーサーの要望を受け入れてフィリピンと決定したのでした。
主戦力に劣る日本軍としては、今までのような機動部隊同士の決戦では勝つ見込みが薄いと判断します。
小沢治三郎連合艦隊司令長官は機動部隊を囮として強力無比な敵の機動部隊を釣り上げ、その隙に大和・武蔵を中心とした戦艦部隊をレイテに突っ込ませて、上陸部隊を撃滅しようと計画するのですが・・・。


状況は史実のレイテ海戦に近いですが、日本軍の戦力はマリアナ海戦時よりも良い状態であると言えます。この世界ではソロモンやニューギニアにおける消耗がなかったせいもあるかもしれません。
とはいえ、機動部隊は正面切っての航空船を避け、艦載機のほとんどを戦闘機(紫電改零戦混在)に絞っているし、防空特化の戦艦(レパルス改め大雪)と巡洋艦(古鷹、衣笠、大淀)、駆逐艦(秋月級)が守りを固めています。
受け身一方の戦闘では大鳳が不運な爆沈もなく持ち前の頑強さを発揮しましたし、史実よりもよっぽどマシな防空戦を行い、多数撃墜した描写があります。
しかし、それでもエセックス級10隻による米軍の波状攻撃は防ぎきれませんでした。著者の最近のシリーズの中では、正規空母が被害を受けて沈んでいく方でしょうね。
紫電改の数をもっと揃え、太平洋戦争末期の米軍並みに磁気信管付き高角砲やボフォース機銃でもあれば別だったのかもしれませんが、史実よりマシ程度に済んだのは公平な結果でしょうか。
今回も米軍が執拗な攻撃をしかけたので、夜間での水上砲戦が発生。戦艦・大雪が38cm主砲を放ち、巡洋艦を撃沈するという珍しいシーンがあります。
空母の約半数が沈む犠牲を払ったのと、全体指揮官のハルゼーの判断によって、戦艦部隊は海峡までわずかな被害のみで接近することができました。
おそらくシリーズ屈指の山場になるであろう、戦艦同士の海戦は次巻になります。
果たして海峡の出口でT字で待ち構える米軍に対して日本軍がどう対応するか?
今まで出番のなかった北上・大井の名があることから、酸素魚雷による雷撃*1があり得るようですが、それだけじゃないかなぁ。
それからノルマンディーの上陸戦失敗とソ連が欧州席巻しそうな勢いを受けて焦るイギリスが日本との単独講和に動きましたね。そろそろ戦争の落としどころが見えてきました。

*1:射程距離が長いと命中率が落ちるし、かといって接近するとボコボコにやられそうだし。