朱川湊人 『冥の水底(上・下)』

内容(「BOOK」データベースより)
市原玲人が、友人の光恵から見せられた写真には「狼男」が写っていた。忽然と姿を消した光恵を、玲人は息子の一真と探し出そうとする。時は30年近く遡る。山奥で暮らす、ある「力」を持った“マガチ”の青年シズクは、初恋の少女を追いかけて上京する。ふたつの時が交錯し、物語はあまりにも切ないエンディングへと疾走する。

医者・市原が腐れ縁の女性ライター・平松光恵から相談を受けた際に見せられた検死写真には顔が犬と化した男が写っていました。それはまるで伝説の狼男のように見受けられました。
よくできた偽物だと信じなかった市原は光恵がいかがわしい噂話に首を突っ込んでいるのではないかと心配します。
長年の付き合いがある光恵の頼みを受けて、彼女宛の荷物をマンションに取りに行ったのですが、光恵行方不明になっただけでなく、管理人が何者かに殺されてしまい、最後に接触した市原は警察に疑われる立場になってしまいます。

市原には離婚歴があるのですが、妻は以前から市原の上司と浮気していて、浮気相手の子を身籠って産んでいました。市原は知らずに我が子・一真を可愛がっていたのですが、突然妻が告白して離婚されてしまいます。
ショックを受けた市原ですが、血は繋がっていなくても、我が子だと信じていた一真への愛情は変わることなく。
ある日のこと、家出してきた一真と共に“マガチ”にまつわる騒動に巻き込まれていきます。

また、東北のどこか山奥でひっそり住んでいる曲地谷(まがちや)一族の少年・シズクがある女性宛への手紙が綴られます。
シズクは幼い頃の経緯*1から同級生だった麻弥子への罪悪感が恋心に変わり、彼女を追うように東京に働きに出てきたのです。
故郷に仕送りをする約束で工場で働きつつ、麻弥子宛の手紙を書き続けるのですが、実は一度も出していません。
最初は小学生並みの拙い文章ですが、徐々に漢字を覚えていく様子がわかります。

実は“マガチ”の一族には秘密があり、山の気を使った超能力が使えるというのです。それは動物のように変化(バンテンと称している)して、人間を超えた能力を駆使する。
シズクに備わっているのは名前の通りに水を扱う能力。
ただ、バンテンすると人から離れた容姿になってしまう上にほんのわずかな雫しか出せない。興奮するなど強い感情を抱くと勝手にバンテンしてしまうという、非常に使い勝手の悪い能力でした。


市原の現在は平成後期、シズクが東京に出てきた昭和55年に始まり、昭和の終わり頃まで続くので、両者の間にはだいぶ差があります。
過去に実際にあった事件にシズクが関わることで、著者得意のノスタルジー感を出しているのかもしれませんが、本作に関してはあまり意味をなさなかった気がします。
そのあたりで中だるみを感じてしまいました。
ただ、市原は血の繋がらない息子・一真、シズクは初恋の相手・麻弥子。たとえ手が届かなくても、たとえ第三者の悪意があっても、相手を大事に想うという共通点があって、切ない感情はよく伝わってきましたね。
終盤はそれまで謎だった部分が一気に解き明かされる怒涛の展開なのですが、ラストを迎えた後、市原と一真の関係、および麻弥子がシズクに対してどう感じていたのか、いくつか知りたかった部分に言及されずに終わってしまったのが消化不良に感じました。

*1:車が脱輪していたのを助けた。それが家を出て行く麻弥子の父と知らず。