横山信義 『荒海の槍騎兵2-激闘南シナ海』

内容(「BOOK」データベースより)

米国太平洋艦隊が突如フィリピンに現われたことにより、真珠湾奇襲攻撃は意義を失った。連合艦隊は作戦中止を決断、機動部隊に帰還命令を出す。一方、南方資源地帯を攻略すべく出撃した部隊が、分断され各個撃破される危機に陥っていた。脱出を図る南方部隊を救うべく、連合艦隊主力は帰還した機動部隊と合流し急ぎ南下するが、待ち受ける米艦隊との真正面からの激突は必至であった。敵味方ともに空母を擁する艦隊同士―史上初・空母対空母の大海戦が南シナ海で始まった!

1巻において連合艦隊が分断された状態で太平洋戦争が開幕。
真珠湾奇襲はならず、機動部隊は帰還の途上。
突如としてフィリピンに現れた米太平洋艦隊とシンガポールに回航されてきた英東洋艦隊と対峙することになった南遣艦隊の苦戦が描かれました。
金剛型戦艦2隻を始めとした犠牲を払いつつ、北上する艦隊と追いすがるプリンス・オブ・ウェールズという場面*1から2巻が始まりました。
そこで本土に立ち寄り補給を済ませた機動部隊が来援し、壮絶なる空襲でプリンス・オブ・ウェールズを撃沈。
史実とは違いますが、洋上を航行中の戦艦を初めて航空機が撃沈するという劇的な場面を見せつけてくれました。

その後も空母6隻を擁する機動部隊は真珠湾の代わりにと大暴れ。
一撃で米太平洋艦隊の戦艦9隻中3隻を沈めました。
日本軍も長門を始めとする主力艦隊が到着し、改めて決戦の機運が高まったところで、戦死したキンメルに変わって指揮を執るパイ中将の選択は…?


今回は連合艦隊総力をあげての決戦ということで、珍しいことに長官である山本五十六自ら長門に乗って指揮を執ります。
しかし、戦力が減った米太平洋艦隊としては、素直に出て行かず、無数の島によって複雑に水路が入り組むフィリピン内海で待ち伏せ、地の利を取ろうというわけです。
わざわざそこに誘い込まれるのは不利ということで、山本五十六は策を練って米艦隊を吊り上げることに。
そして始まった決戦。
結果的に零戦を始めとした航空機の性能のみならず、連合艦隊は質と数の優位を活かして勝利を掴んだと言えましょう。
もちろん、古鷹・加古・青葉・衣笠の防空巡洋艦の見せ場もありました。史実にあった秋月級駆逐艦よりも巡洋艦の方が長10cm高角砲の本数が多いだけあって威力が段違い。
もっとも、大損害を受けた米軍にもマークされてしまったわけで、今後も同様の活躍ができるかどうかはありますが。

とりあえず、アクシデントはあったものの、緒戦は大勝利を収めることができました。
とはいえ戦闘の合間の緊張感もうまく出ていたと思います。
日本軍も戦艦を喪い、空母が損傷したわけで、史実のように相手を侮るようなことは無さそうだと思います。
あとはこれから本格的に増産されるアメリカの化け物じみた戦力相手にどう戦局が進んでいくか。
そういえば、本シリーズでは欧州の情勢がまだ書かれていません。おそらく史実通りに推移していると思いますが、どのように影響するかですね。

*1:旗艦・鳥海が損傷で17ノットしか出せないために追いつかれた。

不手折歌『亡びの国の征服者2 魔王は世界を征服するようです』

内容(「BOOK」データベースより)

家族の愛を知らぬまま死に、“もう一つの人類”の侵略に脅かされる王国で新たな生を受けた少年ユーリ。彼は騎士家の名家であるホウ家の跡取り息子として、王女であるキャロルや魔女家の生まれであるミャロらと共に、騎士院での生活を送っていた。そしてユーリは生まれて初めて、“もう一つの人類”―クラ人と出会う。亡命してきた宗教者であり、クラ語講師であるイーサ。ユーリは彼女からクラ語を学びながら、「敵国」への理解を深めていくのだった。数年の時が流れ、ある目的から学業の傍ら事業を興すことを決めたユーリ。前世の知識を元に植物紙の製品化を目指す彼は、協力者を得ながら試行錯誤を繰り返していく。しかし事業が成功した矢先、王都を裏で牛耳る魔女家の魔の手が迫り…!?のちに「魔王」と呼ばれる男は、静かに、しかし確実に覇道を歩む―。「小説家になろう」で話題の超本格戦記譚、待望の第2幕!

1巻の感想およびweb原作へのリンクはこちら。
2巻は騎士学校における出会い、もしくは雌伏編と言えましょうか。
キャロルの母にして、シャルタ王国の女王に拝謁して、天然痘治療の褒章として特許およびその第一号を得ることを願いました。
学校の単位が順調すぎるほどに取得できてしまったために午後の時間が空くユーリはそこで遊び惚けることなく、将来を見越して事業を起こすことを考えていたのでした。
元になるのは曖昧な前世の知識。
国からの報奨金を含めて軍資金が貯まったことで、実家に頼ることなく、商業のプロに任せることを考えます。それは学友ミャロの伝手で元・商家の手代・カフ。
第一歩として製紙事業を始めるにあたり、この国のあらゆる経済活動を牛耳っている魔女家に対抗するための特許でした。
出会いといえば、クラ人亡命者でクラ語教師イーサ先生。入学してきた従姉妹シャム*1のルームメイトであるリリー先輩といった後々重要な役割を果たす人物との出会いもありました。
web版を読んでいた時の記憶はほぼ消えていたので懐かしくて良かったですね。

「超本格戦記譚」というにはまだ序章の段階です。
敵国であるクラ人といっても一つにまとまっているわけではなく、史実の欧州みたいに言語が違っていたり、いくつかの主要国家があったり、宗教的にも主流と異端とされている流れがあったりする。
こういった部分を略して冒険や戦いに出てしまう作品もありますが、本作では丁寧な説明が入っているのが好印象。
まぁ、製紙や印刷始めとする事業関係は興味を持てる人ならいいけど、戦記を期待している人からすると、やや本筋から離れすぎな気がしなくはないですね。
それでも、言語や聖書の具体例をあげているあたり、手本はあるにしても良く作ったものだと思います。

印刷事業といえば、どのような本を作るか?
ここで女子の通っている学院では、大がかりではながら、密かに写本されていると聞き、売れっ子作者を訪ねます。
そこで父親が卒業を前にして退学せざるを得なかった事情とか、ユーリ自身が本のモデルにされていることを聞いてしまい…。
女子の学校の闇の部分というか、この父にしたこの子ありというか。なかなか複雑ですねぇ。
それと、ようやくユーリはミャロが男装した女子であることに気づかされました。
周りはとっくに知っていたパターンですね。このへんの鈍感さは物語の主人公らしい(笑)

ラストは王女キャロルの市井視察を兼ねたデート。web版よりも加筆されているようでボリュームあって楽しめました。
2人の仲が順調に発展していっているのは良いのですが、このままキャロルが為政者として成長して改革を進められたとしても、やはり七大魔女家は大きな障害になることは間違いなく、争乱は避けられなかったでしょうね。

*1:前世の知識を持つユーリと違い、天才的頭脳の持ち主ゆえに学校でも随一の成績を収めるかと思えば、理数系に偏り過ぎて、学校では程々の成績というのが面白かった。

貫井徳郎 『女が死んでいる』

女が死んでいる (角川文庫)

女が死んでいる (角川文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

二日酔いで目覚めた朝、寝室の床に見覚えのない女の死体があった。玄関には鍵がかかっている。まさか、俺が!?手帳に書かれた住所と名前を頼りに、女の正体と犯人の手掛かりを探すが―。(「女が死んでいる」)恋人に振られた日、声をかけられた男と愛人契約を結んだ麻紗美。偽名で接する彼の正体を暴いたが、逆に「義理の息子に殺される」と相談され―。(「憎悪」)表題作他7篇を収録した、どんでん返しの鮮やかな短篇集。

鮮やかなどんでん返しと言い切るほどでもない(強引というか、現実的でないのも含まれる)けど、よく考えられているなぁと思わされる短編集です。
しかも、それぞれ切り口や雰囲気さえバラバラなのに上質な作品集として仕上がっているのが驚き。
今まで読んだ著者の作品は長編ばかりでしたが、短編もいいものですね。


「女が死んでいる」
深酒して目を覚ましたら、ベッドの脇の床に見覚えのない女が俯せになって倒れていた。
男はいつもの癖で引っ掛けてきたのかと思ったが、なんとその女はナイフで心臓を刺されて死んでいた。

状況を打開するために奔走する主人公の職業はホストであり、徐々に今までの不行跡が明らかになっていき、最後に女の正体が明かされるのが見事。
ただ一つだけ言えば、そんな死に方ができるのはよっぽどの覚悟がないとできないよなぁと思うところです。


「殺意のかたち」
若いサラリーマンが公園にて青酸カリ入り飲料で毒殺されていた。
そのサラリーマンは死ぬ前にある故人に対して30万円の現金書留を送っていたのだが…。

犯人は近いところにいたというケース。
ただ、近所のおばさんにばればれだったくらいなので、意外性という点ではさほどではない気がしました。その過程は面白かったですけど。


二重露出
修行していた店から暖簾分けしてもらい、晴れて独立した蕎麦屋の主人。
脱サラして念願の喫茶店を始めた男。
2人には共通の悩みがあった。
それはすぐ前の公園に住み着いた浮浪者。離れていても漂ってくるほどの異臭により、客足は遠のき、順調にいっていたはずの商売が傾いていたことだった。

わかってみればなんてことないのだけれど、主人公の2人からしたら驚きの事実であったろうなぁと思います。浮浪者の態度にも納得。
犯罪に手を染めるのはいけないけれど、2人の立場を考えたら同情を禁じ得ないですね。


「憎悪」
妻子ある男と割り切った付き合いをしているつもりだった女がいつの間にか相手に心を惹かれて始めていた。
その男の妻は世界的に有名なデザイナーで、一回りも年上であるばかりでなく、男と大差ない息子がいた。しかも、息子からは憎悪を受けており、いつか殺されるかもしれないとおびえていた。

最後に「えっ?」と思わされましたね。恋愛の駆け引きでは女の方が演技がうまいものだと思いがちですが、ここは女の勘違いを利用した男の方が上をいっていた、あるいは惚れた女の目が曇ってしまったのか。


「殺人は難しい」
夫が不倫していることに気づいた女は不倫相手を憎むあまりに携帯電話を盗み見て、正体を探る。
相手の住まいを突き止めた際、用心のために持参していた刃物で刺し殺してしまうが…。

不倫と殺人という重い題材でありながら、女による独特の一人語りがどこか軽いような不思議な印象を受けます。
映像ではなく小説ならではの巧い騙しになるでしょうか。


「病んだ水」
ある会社社長の娘が誘拐された。要求された身代金はたったの30万。
犯人からの要求によって秘書が金を持って行ったが、どこまで行っても犯人は姿を現さず、あるローカル線の座席の下に置いたの最後に金は消えてしまった。

一般的に成功率が極めて低い誘拐事件が迷宮入り。ここまで舞台が揃えば、そりゃ警察を欺くことができるだろうという仕掛けではあります。
むしろ、これだけ環境にうるさく言われる中でも汚染物質の垂れ流しが平然と行われていたという内容が怖いですね。


「母性という名の狂気」
イライラすると、つい娘に当たってしまい、後で自己嫌悪に陥る女。夫は妻や娘の様子がおかしいことになんとなく察して、自分の母に様子を見るように依頼するが…。

トリックとして精神疾患を使うのはズルいような気がしますけど、物語としてならアリなのかな。
母親の回想からすると納得ではあります。つくづく幼児への虐待は罪深いものだと思わされますね。


「レッツゴー」
男に惚れては振られるのを繰り返す姉を見ていたクールな妹。そんな彼女にも気になるクラスメイトができて、弁当を作ったり、しまいには家におしかけて夕食を作るまでになる。しかし、ある日、姉が彼の父親と歩いているところを見てしまい、ショックを受ける。なぜなら……。

これは最後まで騙されました。
クラスメイトに対して積極的に行動を起こしているように見えて、どこか冷めているように思えたのはそういうことだったのかと。
本人は一度も登場せず、回想や会話でしか書かれなかった父親がある意味鍵となっていたのですね。

足利フラワーパークに行ってきた

世間では「Go To トラベルキャンペーン」によって、観光に行く人が増えているようで、特に10/1からは半額になるとか。
――→妻が強調していたので確認してみたら、旅行代金の35%割引+15%相当の地域共通クーポン付与。かつ支援額上限:1名1泊あたり2万円(日帰りは1名あたり1万円)。
しかし、未だに新型コロナの感染者数は増減こそしているものの、収束の気配はないですし、土日で混雑しているところに行きたいとまで思いません。

妻は販売系ということで今まで土日は仕事で平日に休みとなることが多かったのが、今年夏に転職して土日も休める週ができました。
ということで、たまには買い物以外でどこかに行きたい。
日帰りであまり遠くないところ。
じゃあ、屋外施設だし、前にも行ったことがある足利フラワーパークに決めました。

花と光の楽園 足利フラワーパーク

10年前にイルミネーションを見に行った時の記事↓
光の花の庭―冬の足利フラワーパーク

残念ながらイルミネーションが始まるのは10/17からなのでまだ早かったのですが、むしろこんな時は混み過ぎない方が好都合かもしれません。
ローズ&パープルガーデン開催中ということで、午前中に行って花を見て楽しもうとなりました。

当日は朝からちょっとだけ雨がぱらつく曇り模様。
一応傘の用意はしていきましたが、結局使うことはなく、むしろ動いていると蒸し暑いくらいでした。
久しぶりに訪れたパーク内はさほど混んでなくて、広い園内を余裕をもって見学することができました。

早速、色とりどりのバラが咲き誇る園内を順に散策していきます。
バラというのは様々な色や品種があることは知っていましたが、本当にたくさんあるものです。
赤、白、ピンク、黄色、一色ではなく二色混じっているのもあります。



10月ということで、アメジストセージがきれいでした。中には紫というより白とピンクのもあるんですね。


スイレンもちょうど見ごろ。見事な花を咲かせていました。水辺にぽつんと浮かんでいるのが目を惹きますね。



名前はわかりませんが、他にもいろんな花が彩りを加えています。寄せ植えがきれいでした。



イルミネーションの準備中ということもあり、端の方はいくつか封鎖されていて入れない場所がありました。
やはり圧巻はバラ園。
どちらかというと写真を撮るのに夢中な人が多かったですね。私もその1人ですが。

だいたい一周して一時間半くらい。
在宅勤務で家にいることが多く、久しぶりに長く歩いたせいか、汗ばんでいましたし、ちょうどお腹も減りました。
北海道フェアをやっていて、少し惹かれましたが、妻の希望もあってレストラン・ウェステリアに入りました。
ソーシャルディスタンスで間隔を開けているため、実際の座席は少なくなっています。
ちょうど12時くらいでしたが、さほど待つまでもなく入れました。
注文したのは花籠御前。

きれいな見た目だけでなく、美味しかったです。

その後はショップで買い物。
実は初めて来た時に買ったクリスマスローズが翌年から毎年花を咲かせてくれているんですよね。
そういうことで、今回はチューリップの球根とバラとアメジストセージの苗を中心に買いました。

買い物を終えて出たのが午後2時くらいで、まだその時間から来る客が続々といました。
園内をゆっくり回っても2時間弱といった程度。気軽に楽しめるところだというのもあるんでしょう。
これからクリスマスが近くなると、夕方から混んでくるんでしょうねぇ。

横山信義 『荒海の槍騎兵1』

昭和一六年、日米両国の関係はもはや戦争を回避できぬところまで悪化。連合艦隊は開戦に向けて防空巡洋艦「青葉」「加古」を前線に出す。主砲すべてを高角砲に換装し、空母機動部隊を航空攻撃から守るために改装された艦である。だが「青葉」「加古」両艦は真珠湾攻撃への参加を見送られ、マレー・シンガポール攻略を担当する南方部隊に配属される。果たして、南方作戦に防空巡洋艦の出番はあるのか…。その時、陸海軍、いや日本中を動転させる驚愕の情報が飛び込んできた!新シリーズ開幕!

横山信義氏の太平洋戦争を扱った新シリーズです。
当時の重巡洋艦としてはもっとも古くて武装も中途半端であった青葉と加古。思い切って主砲を全て最新鋭の長10cm高射砲に変更した防空巡洋艦に生まれ変わらせて主役にしているようです。
まだ大艦巨砲主義が幅をきかせた時代で、戦艦が主力とされていましたが、航空技術の発達によって、航空機の時代が来ることを予期する人物は増えていました。
今後、航空母艦が増えていくのならば、それを守るための補助艦も重要になっていく。
そのための防空巡洋艦ですね。
アトランタ級を何隻も建造したアメリカと違って、日本は既存艦の改造で間に合わせるところが貧乏国家の辛いところですが仕方ないですね。
でも、史実では開戦前から重巡洋艦を防空専任の艦にするような思い切った手段は取れなかったでしょう。

さて、本シリーズでは地味ですが重要なポイントが設定変更されています。
それはハワイにて外交官として偽名で情報収集に勤しんでいた吉川猛夫(元)少尉が事前にFBIに逮捕されたこと。
それによって、山本五十六が一大博打としていた真珠湾奇襲が危ぶまれることになりました。
さらには波及効果として、アメリカ太平洋艦隊のほとんどが真珠湾を留守にして、開戦したら真っ先に攻められるであろうフィリピンに寄航したことです。

そのために開戦劈頭にフィリピン攻略および南方作戦を進めようとしていた日本軍の計画は丸つぶれ。
さらにシンガポールにはイギリス本土より戦艦2隻を主力するとする東洋艦隊まで回航されてきて・・・。
連合艦隊は本土・北太平洋仏印と遠く分断された状態で開戦を迎えようとしていたために各個撃破の危機にあるという。
つまりは早々に追い詰められたのは日本という珍しい形で始まったのでした。

著者には、真珠湾奇襲が失敗に終わったり、逆にアメリカが本土に奇襲をかけてきたシリーズがあります。
既存艦の改修はともかく、諜報員に目を付けたのはさすがと言えるでしょう。
地味ながら重要なポイントを改変したことに感心する思いでしたね。
たとえ小さな事件であっても、大局的見地からしたら影響はでかいわけで。
南雲中将率いる機動部隊はGFからの命令で引き返せざる得なくなり、電撃的な南方作戦も不可能となりました。
不幸中の幸いは宣戦布告前の奇襲がなくなって、アメリカの世論が沸騰することがなくなったことくらい。それが後々影響するんでしょうか。

戦艦は金剛級2隻しかなく、巡洋艦主体の南方部隊は圧倒的戦力を持つ英米艦隊が近くに出現して窮地に陥ったわけで、始めから不安と期待半ばです。
圧倒的不利な状況から激戦が始まり、なんとか一矢報いようとする戦いぶりが胸アツでした。
ちなみに青葉と加古も機動部隊ではなく、南方部隊に所属していて、見せ場があります。著者は巡洋艦による切れ間のない小口径砲撃が好きですしね。
当時としては珍しい対空射撃専門の砲術士官が主人公となり、いい仕事しています。その上官として五藤存知少将。
太平洋戦争中の提督としてはマイナーですし、史実ではサボ島沖海戦で悲劇的な最期を遂げた人物ですが、本シリーズで海の武人として活躍を見せてくれるのではないかと期待しています。

中山七里 『ネメシスの使者』

ネメシスの使者 (文春文庫)

ネメシスの使者 (文春文庫)

ギリシア神話に登場する、義憤の女神「ネメシス」。重大事件を起こした懲役囚の家族が相次いで殺され、犯行現場には「ネメシス」の血文字が残されていた。その正体は、被害者遺族の代弁者か、享楽殺人者か、あるいは…。『テミスの剣』や『贖罪の奏鳴曲』などの渡瀬警部が、犯人を追う。

身勝手な理由で通りすがりの女の子2人をメッタ刺しにして殺した事件、犯人・軽部亮一が見せた反省・謝罪は死刑回避のためのポーズであるのは傍目にも明らかであった。
しかし裁判では求刑された死刑ではなく懲役刑に処せられた。
検察は当然のように控訴したが、二審で覆ることなく、刑は確定。
収まりきらぬ被害者家族は民事訴訟に出たが、賠償金が支払われることなく犯人父は事故死。母親は離婚して旧姓に戻した上、行方をくらましてしまった。
それから10年後、実家のある熊谷市にてひっそりと暮らしていた犯人の母が自宅で殺される事件が起こる。
その死に様はまるで軽部が女性を殺した手口とうり二つであった。
そして、現場には被害者の血によって「ネメシス」と書かれた文字が遺された。
「ネメシス」とは語源の義憤から転じて復讐の女神として知られていた。
被害者家族が塀の中に守られている軽部の代わりに家族に対して復讐に出たのか?
事件を追う渡部警部の考えではことは単純ではなく、もしかしたら殺人犯に対してあまりにも甘すぎて、被害者より加害者の人権を重んじる日本の司法制度に対する警鐘の意味があるのではないかと危惧する。
それを証明するかのように第二の事件が発生して・・・。


主人公と渡瀬警部、それに警部と親交のある岬検察官は著者の過去作にも登場していますね。
日本の司法においては、永山基準という言葉がある通り、殺害された被害者の数が複数であることなど様々な条件を満たした場合に死刑が適用されることがありました。
しかし、作中で登場した軽部は身勝手な理由で残虐な手口で殺害したにも関わらず、心からの反省も謝罪もないまま、客観的に見ても甘すぎる懲役刑に処せられてしまう。
凶悪犯が塀の中とはいえ、のうのうと生き延びているのに対し、被害者遺族はぶつけようのない怒りを抱いたまま生きていくしかありません。
特に軽部の事件を始めとして、事件の裁判を担当した渋沢は死刑を求刑されても、ことごとく退けて甘い判決を出したことから、温情判事と呼ばれるまでになっていました。
そんな中で起きた加害者家族殺害事件は誰が何の目的で起こしたのか?
真っ先に疑われやすい被害者遺族より、正義感に駆られた第三者がネット上で情報を得て犯行に及んだ可能性も否定できず。捜査は困難を極めます。


直接事件に関係していなくても、被害者が若い女性や子供が殺された事件とその顛末はどうしても気になるもの。無差別とされながらも、実際はか弱い相手を選んでいるあたりが卑劣ですし。
だからこそ、不特定多数の匿名発言が集まりやすいネット上では犯人だけでなく、その加害者の家族や関係者まで叩かれます。*1
加害者家族殺害が連続発生して、現場には「ネメシス」の血文字。
当局は秘匿していていましたが、マスコミに嗅ぎ付けられて報道されると、捜査当局が恐れていた通りに世間は騒然となり、「ネメシス」はネット上で英雄扱いされるのでした。


いかにも現実で起こり得そうな展開で、下手なドラマよりもリアリティを感じさせられます。
法廷劇に定評ある著者ゆえに警察・検察内部の人物の動きも緻密で違和感ありませんでした。
それでいて、加害者・被害者双方が抱く感情までも生々しく描かれているために深い感慨を覚えずにいられません。
わが子を殺された親が犯人を憎む感情を吐露する場面はあまりにも重すぎるほどです。

渡部指揮による周到なおとり捜査によって、3件目の事件が起こる直前にネメシスの使者を名乗る犯人を逮捕。意外とあっさり終わるのかと思ったところ、本当の意味での復讐が為されます。
帯に書かれていたような驚愕というほどではなく、逆に納得のいく展開でした。
作中でわずかに登場した人物はそういう役割であったのかと。
むしろ、温情判事と呼ばれた渋沢の真意こそが著者の言いたかったことなのかもしれません。※ネタバレ→*2
とはいえ、昨今の残虐な殺人事件の判決とその反応、それに被害者感情を思うと渋沢のような考えに至るのは少数派でしょうね。

*1:作中で書かれていたように被害者家族までが叩かれるというあたりが理不尽。

*2:簡単に言えば、本人に死を与えるよりも、懲役刑によって社会的な死(長らく服役していると社会に馴染めなくなるし、前科者は受け入れられにくい)をじわじわと味合わせる方が極悪犯にふさわしいという考え。

生存報告

約1か月更新が止っていました。
はてなダイアリー時代を含めて10年以上続けてきた中で、2週間近く更新しなかったことはありましたが、1か月超えは初めてかもしれません。
時期的に新型コロナに罹っていたというわけでもありませんし、入院していたとか、急に身の回りが変わって忙しかったわけでもありません。
とりあえず仕事はテレワークが続いています。特筆すべき変化があったわけでもありません。いたって健康ですので、ご安心を。

変わったと言えば、在宅勤務になって電車に乗らなくなったので、読書する習慣が減ったというのが大きいですね。
読んだ本の感想がメインのブログなので、本を読まなくなると、書くことがなくなるのは必然でした。
それ以上に昔ほどブログのために何か書こうという意欲が減っているというのもあるでしょう。

去年からとあるサイトの会員になりまして、特に6月くらいから毎日訪れています。
ただ、そことこちらのIDは関連付けたくないので、申し訳ありませんが明かすことはできません。

読書の方は読み始めれば夢中になって読むことはあるのですが、手を付けるきっかけがあまりなかったりします。
だから、ネットで注文した本が数冊積んでありますね。
8月末に読み始めた本を読み終えたので、その記事を近々投稿する予定です。