貫井徳郎 『女が死んでいる』

女が死んでいる (角川文庫)

女が死んでいる (角川文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

二日酔いで目覚めた朝、寝室の床に見覚えのない女の死体があった。玄関には鍵がかかっている。まさか、俺が!?手帳に書かれた住所と名前を頼りに、女の正体と犯人の手掛かりを探すが―。(「女が死んでいる」)恋人に振られた日、声をかけられた男と愛人契約を結んだ麻紗美。偽名で接する彼の正体を暴いたが、逆に「義理の息子に殺される」と相談され―。(「憎悪」)表題作他7篇を収録した、どんでん返しの鮮やかな短篇集。

鮮やかなどんでん返しと言い切るほどでもない(強引というか、現実的でないのも含まれる)けど、よく考えられているなぁと思わされる短編集です。
しかも、それぞれ切り口や雰囲気さえバラバラなのに上質な作品集として仕上がっているのが驚き。
今まで読んだ著者の作品は長編ばかりでしたが、短編もいいものですね。


「女が死んでいる」
深酒して目を覚ましたら、ベッドの脇の床に見覚えのない女が俯せになって倒れていた。
男はいつもの癖で引っ掛けてきたのかと思ったが、なんとその女はナイフで心臓を刺されて死んでいた。

状況を打開するために奔走する主人公の職業はホストであり、徐々に今までの不行跡が明らかになっていき、最後に女の正体が明かされるのが見事。
ただ一つだけ言えば、そんな死に方ができるのはよっぽどの覚悟がないとできないよなぁと思うところです。


「殺意のかたち」
若いサラリーマンが公園にて青酸カリ入り飲料で毒殺されていた。
そのサラリーマンは死ぬ前にある故人に対して30万円の現金書留を送っていたのだが…。

犯人は近いところにいたというケース。
ただ、近所のおばさんにばればれだったくらいなので、意外性という点ではさほどではない気がしました。その過程は面白かったですけど。


二重露出
修行していた店から暖簾分けしてもらい、晴れて独立した蕎麦屋の主人。
脱サラして念願の喫茶店を始めた男。
2人には共通の悩みがあった。
それはすぐ前の公園に住み着いた浮浪者。離れていても漂ってくるほどの異臭により、客足は遠のき、順調にいっていたはずの商売が傾いていたことだった。

わかってみればなんてことないのだけれど、主人公の2人からしたら驚きの事実であったろうなぁと思います。浮浪者の態度にも納得。
犯罪に手を染めるのはいけないけれど、2人の立場を考えたら同情を禁じ得ないですね。


「憎悪」
妻子ある男と割り切った付き合いをしているつもりだった女がいつの間にか相手に心を惹かれて始めていた。
その男の妻は世界的に有名なデザイナーで、一回りも年上であるばかりでなく、男と大差ない息子がいた。しかも、息子からは憎悪を受けており、いつか殺されるかもしれないとおびえていた。

最後に「えっ?」と思わされましたね。恋愛の駆け引きでは女の方が演技がうまいものだと思いがちですが、ここは女の勘違いを利用した男の方が上をいっていた、あるいは惚れた女の目が曇ってしまったのか。


「殺人は難しい」
夫が不倫していることに気づいた女は不倫相手を憎むあまりに携帯電話を盗み見て、正体を探る。
相手の住まいを突き止めた際、用心のために持参していた刃物で刺し殺してしまうが…。

不倫と殺人という重い題材でありながら、女による独特の一人語りがどこか軽いような不思議な印象を受けます。
映像ではなく小説ならではの巧い騙しになるでしょうか。


「病んだ水」
ある会社社長の娘が誘拐された。要求された身代金はたったの30万。
犯人からの要求によって秘書が金を持って行ったが、どこまで行っても犯人は姿を現さず、あるローカル線の座席の下に置いたの最後に金は消えてしまった。

一般的に成功率が極めて低い誘拐事件が迷宮入り。ここまで舞台が揃えば、そりゃ警察を欺くことができるだろうという仕掛けではあります。
むしろ、これだけ環境にうるさく言われる中でも汚染物質の垂れ流しが平然と行われていたという内容が怖いですね。


「母性という名の狂気」
イライラすると、つい娘に当たってしまい、後で自己嫌悪に陥る女。夫は妻や娘の様子がおかしいことになんとなく察して、自分の母に様子を見るように依頼するが…。

トリックとして精神疾患を使うのはズルいような気がしますけど、物語としてならアリなのかな。
母親の回想からすると納得ではあります。つくづく幼児への虐待は罪深いものだと思わされますね。


「レッツゴー」
男に惚れては振られるのを繰り返す姉を見ていたクールな妹。そんな彼女にも気になるクラスメイトができて、弁当を作ったり、しまいには家におしかけて夕食を作るまでになる。しかし、ある日、姉が彼の父親と歩いているところを見てしまい、ショックを受ける。なぜなら……。

これは最後まで騙されました。
クラスメイトに対して積極的に行動を起こしているように見えて、どこか冷めているように思えたのはそういうことだったのかと。
本人は一度も登場せず、回想や会話でしか書かれなかった父親がある意味鍵となっていたのですね。