横山信義 『荒海の槍騎兵1』

昭和一六年、日米両国の関係はもはや戦争を回避できぬところまで悪化。連合艦隊は開戦に向けて防空巡洋艦「青葉」「加古」を前線に出す。主砲すべてを高角砲に換装し、空母機動部隊を航空攻撃から守るために改装された艦である。だが「青葉」「加古」両艦は真珠湾攻撃への参加を見送られ、マレー・シンガポール攻略を担当する南方部隊に配属される。果たして、南方作戦に防空巡洋艦の出番はあるのか…。その時、陸海軍、いや日本中を動転させる驚愕の情報が飛び込んできた!新シリーズ開幕!

横山信義氏の太平洋戦争を扱った新シリーズです。
当時の重巡洋艦としてはもっとも古くて武装も中途半端であった青葉と加古。思い切って主砲を全て最新鋭の長10cm高射砲に変更した防空巡洋艦に生まれ変わらせて主役にしているようです。
まだ大艦巨砲主義が幅をきかせた時代で、戦艦が主力とされていましたが、航空技術の発達によって、航空機の時代が来ることを予期する人物は増えていました。
今後、航空母艦が増えていくのならば、それを守るための補助艦も重要になっていく。
そのための防空巡洋艦ですね。
アトランタ級を何隻も建造したアメリカと違って、日本は既存艦の改造で間に合わせるところが貧乏国家の辛いところですが仕方ないですね。
でも、史実では開戦前から重巡洋艦を防空専任の艦にするような思い切った手段は取れなかったでしょう。

さて、本シリーズでは地味ですが重要なポイントが設定変更されています。
それはハワイにて外交官として偽名で情報収集に勤しんでいた吉川猛夫(元)少尉が事前にFBIに逮捕されたこと。
それによって、山本五十六が一大博打としていた真珠湾奇襲が危ぶまれることになりました。
さらには波及効果として、アメリカ太平洋艦隊のほとんどが真珠湾を留守にして、開戦したら真っ先に攻められるであろうフィリピンに寄航したことです。

そのために開戦劈頭にフィリピン攻略および南方作戦を進めようとしていた日本軍の計画は丸つぶれ。
さらにシンガポールにはイギリス本土より戦艦2隻を主力するとする東洋艦隊まで回航されてきて・・・。
連合艦隊は本土・北太平洋仏印と遠く分断された状態で開戦を迎えようとしていたために各個撃破の危機にあるという。
つまりは早々に追い詰められたのは日本という珍しい形で始まったのでした。

著者には、真珠湾奇襲が失敗に終わったり、逆にアメリカが本土に奇襲をかけてきたシリーズがあります。
既存艦の改修はともかく、諜報員に目を付けたのはさすがと言えるでしょう。
地味ながら重要なポイントを改変したことに感心する思いでしたね。
たとえ小さな事件であっても、大局的見地からしたら影響はでかいわけで。
南雲中将率いる機動部隊はGFからの命令で引き返せざる得なくなり、電撃的な南方作戦も不可能となりました。
不幸中の幸いは宣戦布告前の奇襲がなくなって、アメリカの世論が沸騰することがなくなったことくらい。それが後々影響するんでしょうか。

戦艦は金剛級2隻しかなく、巡洋艦主体の南方部隊は圧倒的戦力を持つ英米艦隊が近くに出現して窮地に陥ったわけで、始めから不安と期待半ばです。
圧倒的不利な状況から激戦が始まり、なんとか一矢報いようとする戦いぶりが胸アツでした。
ちなみに青葉と加古も機動部隊ではなく、南方部隊に所属していて、見せ場があります。著者は巡洋艦による切れ間のない小口径砲撃が好きですしね。
当時としては珍しい対空射撃専門の砲術士官が主人公となり、いい仕事しています。その上官として五藤存知少将。
太平洋戦争中の提督としてはマイナーですし、史実ではサボ島沖海戦で悲劇的な最期を遂げた人物ですが、本シリーズで海の武人として活躍を見せてくれるのではないかと期待しています。