山本甲士 『戻る男』

内容(「BOOK」データベースより)
一発屋の作家・新居航生に突然届いた、タイムスリップの案内状。学生時代にいじめられっ子だったこと、女にこっぴどく振られたことなど、やり直したい過去がある航生は、詐欺だと知りながらも、申し込むことに…。異色タイムスリップ小説。

福岡市在住の作家・新居航生はタイムスリップをテーマにした『もう一つの扉』が大ヒット。漫画や映画にもなるほどで、当然次回作も期待されていました
しかし、その後は鳴かず飛ばず。というより小説すら書けずにいました。
妻とは離婚し、無職のまま暇を持て余す生活。全国的に名が知れたおかげで、たまに講演や執筆依頼が来るのですが、受ける気も起きずに断っていました。

そんな彼にタイムスリップの案内状が届きます。ある極秘に進めている研究への実験協力依頼だったのです。
実験モニターといっても、料金はこちらが払うあたりが詐欺のようで胡散臭い。
ただ、もともとタイムスリップに興味のあった航生は手紙の内容に惹かれてしまいます。
貯金を切り崩す生活といえど、大ヒット作のおかげで余裕のあった航生は引き受けることにします。
ただし、実体験をもとにした小説に仕立てることを目論んでいたのでした。

タイムスリップできるのは自分の過去。
八木と名乗る男からの一方的な連絡のみで、当日は目隠しをして連れて行かれた先はどこかのマンションの一室。事前にリラックスするための市販薬を飲んだだけ。
あとは変えたい過去を選択します。それも、歴史を変えるよう事件でなく、極力他人の記憶に残っていないような、ささいな出来事のみ。歴史に干渉するのはタブーだからです。
航生は中学2年に文化会館の裏に連れていかれて暴力を受けた日を選びました。
その日以来、なにかとイジめられるようになってしまった中学時代を変えたかったからです。
八木との会話で過去の記憶を遡っていたら、航生の意識は本当に中学時代に戻っていて、きっかけとなる出来事の直前にいました。
そこで大人の精神のままの航生は勇気を出して、過去を変えてしまいます。
本当にタイムスリップして、過去を変えることができた。
航生は感動しますが、第三者の目がなかったので証拠はありません。あくまでも当事者の記憶だけです。

こんな経験をしたのならば、他に悔いている過去を変えたい。
航生はまたタイムスリップしたくなって、八木からの連絡を待ちます。
極秘の実験ということで、何度も受けられるないと言われ、二度目は金額が吊り上がりました。
そうして、航生は二度目は大学時代に二股をかけられた女性を自分からふり、三度目は小学生時代に助けられずに溺死してしまった幼女を助けました。
しかし、三度目を終えた後、八木からの連絡は絶えてしまいます。
諦めがつかない航生は「戻る男」名義でブログに体験談を綴りながら、他に体験した人物を求めます。
さらに本当に自分の過去が変わったのか、現地に行って調査を始めるのでした。

ブログを通じて航生と同じ体験をした人物が数名見つかりました。
さらに過去を知る人物に出会って話をしてみると、タイムスリップで変わった部分と変わっていない部分があって、かえって混乱してしまうのでした。


タイムマシンはフィクションだけの話。現実で時を超えるのは不可能です。
もしも過去に行った、未来から来たと言い出したら、頭がおかしいと思われるでしょう。
創作、あるいは本当にその人の頭がおかしくなって抱いた妄想であろうと。

ちょっとネタばらしすれば、本作は催眠術が鍵となっているため、厳密にはタイムスリップものとは言えないかもしれません。
まぁ、過去は変えられないもの。他人にとってはささいなことでも、本人にとっては「あの時、こうしていれば」と思える、心に棘が刺さったようなことはいくつもあります。
ありふれてはいるけど、充分理解できますね。
あくまでも一人の平凡な男の半生をテーマにしているせいか、起伏が少なくて若干退屈に感じる部分もありました。
それでも、ストーリーとしては最後まできれいにまとめられた印象は受けました。