12期・48、49冊目 『パンドラの少女(上・下)』

パンドラの少女〈上〉 (創元推理文庫)

パンドラの少女〈上〉 (創元推理文庫)

パンドラの少女〈下〉 (創元推理文庫)

パンドラの少女〈下〉 (創元推理文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

奇病の爆発的な蔓延“大崩壊”から二十年。人間としての精神を失い、捕食本能に支配された“餓えた奴ら”により、文明世界は完全に崩壊していた―。荒廃したイギリスの街で発見された、奇跡の少女メラニー。もたないはずのものをもつ健気な彼女は、この世界の救世主となりうるのか?ロンドンの北の軍事基地で、メラニーと、同じような特徴をもつ子供たちへの教育・研究が進められるなか、緊急事態が勃発。メラニー、彼女が大好きな教師、科学者、兵士ふたりの極限の逃避行がはじまる。一気読み必至、圧巻のエンターテインメント長編!

舞台はイギリス南部。
感染した途端に人が人を食らうハングリーズ<飢えた奴ら>になってしまう奇病が爆発的に蔓延し、生き残った人類はかつての文明の残滓を集めて、細々と暮らしている状態が20年以上経過しているといった出だしです。
とある基地では臨時首都ビーコンより派遣された大人たちの監視のもとに、いずこからか連れて来られた子供の集団がいました。
普段は独房で暮らし、銃を構えて警戒した兵士たちによって一人ずつ車椅子に拘束されて行く先は教室。
そこで教師により、授業を受けていました。
中でも命名規則によりメラニーと名付けられた少女は聡明で知的探究心に溢れていて、多くの物語を読み聞かせてくれる女性教師・ジャスティノーのことが大好き。
実は子供たちは外で<飢えた奴ら>として、獣同然に暮らしていたのを捕獲されてきたのです。
人間らしさを欠片も無くした大人の<飢えた奴ら>と違って、子供たちは教えれば人間らしい会話や思考が可能。
しかし、普段は消臭されている人間本来の匂いを嗅ぐと、人を喰いたがる獣に戻ってしまう。
研究者であるコールドウェルは子供たちの身体に奇病を治すヒントが隠されていると考えて、解剖を行い始めます。
中でも最も頭の良いメラニーを解剖しようと企て、その寸前に<廃品漁り>*1と名付けられた武装集団にけしかけられた<飢えた奴ら>が大挙して基地に乱入。
混乱する基地の中でメラニーは絶体絶命のジャスティノーを助けるため、本能の命ずるままに<廃品漁り>の男を襲って喰いました。
結局、わずかに生き残ったパークス軍曹、ギャラガ一等兵、コールドウェル、それにジャスティノーとメラニーはビーコンを目指して長い旅に出ることになります。
彼らを追う<廃品漁り>、途中で襲いかかってくる<飢えた奴ら>の集団。
メラニーに対する感情の違いがそのまま対立に繋がる四人(特にコールドウェルとジャスティノー)。
20年以上経過して、水も食料もろくに残されていない廃墟が続く中、果たして彼らは無事に辿りつけるのか。


いわゆるゾンビパニックものとして読み始めたのですが、すでに20年以上経過していること。
主人公は奇病に感染しながらも、その内面はごく普通の、いやかなり聡明な少女ということでだいぶ色合いが違いましたね。
前半でいきなりメラニーが手術台にて解剖されそうになった時はびっくりしましたよ。
メインとしては基地襲撃の後に生き残った四人の大人プラス少女の逃避行ですね。
パンデミック直後に政府の対応もかなり混乱したようで、荒れ果てた国内の描写が秀逸です。
大人たちの事情もまたそれぞれ複雑で、子供たちを単なる物としか見ていないコールドウェルと、過去が関連して子供を特別視してしまうジャスティノーという二人の女性の対立。
メラニーと共に困難を超えていくことで、次第に態度が変わっていく二人の軍人(一人はベテラン軍曹で一人は“大崩壊”後に出生した若者)というそれぞれの人間模様も面白かったです。
自分を客観視できるメラニーも魅力溢れていますね。
逃避行の大きな分岐点となったのがロンドン市内に入った際にかつてコールドウェルが関わった、動く研究室兼装甲車(ただし無人のまま放置されていた)、それとメラニーが食事のために出かけた先で見つけてしまった<飢えた奴ら>第二世代の子供たち。
彼らは言葉こそ持たないものの、かつて捕獲される前のメラニーと同様であり、しかもチームを組んで四人を襲う。
敗血症に罹って残りの命いくばくもない中で、コールドウェルは奇病の謎を解くために一心不乱になって解明に勤しみ、一度出た後に装甲車に入れなくなったパークスとジャスティノーには<飢えた奴ら>が襲いかかる。
そして、ジャスティノーを救うために戦うメラニー
まさに終盤は息つかせぬほどの怒涛の展開でした。
その一方で一定時間が経った大人の<飢えた奴ら>の身体の内部から胞子が芽を出してにょきにょきと伸びた末に丸い種子を作ったり、ロンドン中心部にはそういった<飢えた奴ら>のなれの果てが集まって巨大な灰色の森となっている描写が非常に不気味でした。
最後まで読み終えてみると、タイトルの「パンドラ」は言い得て妙ですね。
本編でもメラニージャスティノーから教わった物語、
数多くの災厄が飛び出した後に最後に残った希望。
かろうじて生き残っている旧世代の人々はやがて滅びゆき、人類の希望はメラニーのような子供たちに託されていくであろう事が示唆された結末。
ゾンビパニックものは明るい展開が見えづらいので、結末をどうするかが難しいところですが、本作のような幕引きは読後感が良いものでした。


追記:映画となった『ディストピア パンドラの少女』とは後半の展開がだいぶ違うようです。

*1:身体にコールタールを塗って匂いを誤魔化し、<飢えた奴ら>を恐れない武装集団。通常の人間を襲い殺す賊のような存在