12期・41冊目 『神鳥―イビス』

神鳥―イビス (集英社文庫)

神鳥―イビス (集英社文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

夭逝した明治の日本画家・河野珠枝の「朱鷺飛来図」。死の直前に描かれたこの幻想画の、妖しい魅力に魅せられた女性イラストレーターとバイオレンス作家の男女コンビ。画に隠された謎を探りだそうと珠枝の足跡を追って佐渡から奥多摩へ。そして、ふたりが山中で遭遇したのは時空を超えた異形の恐怖世界だった。異色のホラー長編小説。

金髪碧眼の美少年美少女を得意としていたイラストレーターの葉子はある小説の表紙絵を書く仕事を頼まれます。
それは男性向けヴァイオレンス小説を専門にしていた作家の美鈴慶一郎が今までの作風とは一線を画した、明治の女流画家・河野珠枝の伝記でした。
珠枝はその美貌で画壇に浮名を流した以外は明治の巨匠の陰に埋もれる程度の存在でしたが、晩年に遺した「朱鷺飛来図」だけはその構図といい、色合いといい、眼を惹きつけてやまない迫力がありました。
珠枝は痴情のもつれで男に片目を潰されるほどの大怪我を負い、郷里に戻って「朱鷺飛来図」を描きあげた後に庭の石に自ら頭を打って、若くして死んだ人物。
彼女を扱った映画では、まさに恋に生きて恋に破れて死んだという風に描かれていました。
ただ、その映画を製作した女性監督は映画公開後に珠枝の晩年間近の軌跡を追い、なぜか飛び降り自殺を遂げたといういわくつき。
どちらも30歳を超えて今までの仕事に行き詰まりを感じていた葉子と美鈴は新たな仕事にて新境地を開くべく、「朱鷺飛来図」が描かれた背景と珠枝の晩年の事実に迫ることを決めたのでした。


仕事一筋で生きてきて、30歳を超えてもろくな恋愛経験もない堅物で、実家にて厄介者扱いされている葉子。
イジメられていた恨みをモチベーションにして小説を書き続けてきた美鈴。気弱な性質であっても、どこかおどけながらセクハラ気味にちょっかいを出してきてはぴしゃりと拒まれるのが逆にいいコンビに見えなくもないです。
そんな二人による探索行はまず珠枝の郷里の新潟、そしてトキの生息地である佐渡*1に向かいます。
「朱鷺飛来図」で描かれている朱鷺は荒々しくその足で牡丹を踏みにじるといった荒々しさを見せるのですが、実際のトキはかつて軽々と狩られていったように大人しい性質。
リアリズムを本質とした珠枝がなぜそのような幻想的な表現を取ったかという謎が残ります。
そこで次に痴情のもつれの惨劇を引き起こした相手である牡丹職人に男の故郷へと向かうのです。
そこで二人を待っていたのは説明不可能な不可解な現象であり、珠枝の実体験をその身をもって知ることになるのでした。


山道で彷徨った挙句に次元を超えて山村に紛れ込んでしまった二人。
そこで次々と犠牲になる村人といい、隙あらば嘴で空中から顔を突いてくる異様な化鳥の恐怖といい、さすがに惹きこまれるものがあります。
人間に追われて冬山での飢餓に見舞われ、絶滅の瀬戸際で凶暴化したトキの群れという発想が斬新であります。
トキなんて映像でしか見たことがなかったのでちょっと想像がつきにくいけど、動物によるパニックホラーとしても読めますね。
山村から出ても精神に影響が残るところは強引な気がしましたけど、どこまでも逃れられない恐怖が珠枝と映画監督の最期としても辻褄が合うようになっていて、なるほどと思わされました。

*1:本作で登場した日本産トキは2003年に死亡し絶滅。現在生息しているのは中国産の子孫らしい