12期・42冊目 『あした咲く蕾』

あした咲く蕾 (文春文庫)

あした咲く蕾 (文春文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

美しい容姿からは想像もつかないほどガサツな叔母の意外な秘密についての表題作、雨の日だけ他人の心の声が聞こえる少女を描く「雨つぶ通信」、西日暮里の奇妙な中華料理屋を巡る奇譚「カンカン軒怪異譚」など、『花まんま』『かたみ歌』の著者が、昭和の東京下町を舞台に紡ぐ「赦し」と「再生」の七つの物語。

「あした咲く蕾」
主人公には美しいが言葉遣いがガサツな叔母がいて、昔気質の同居の祖母とは衝突してばかり。そんな叔母は実はすごく情が深い人であり、姉である母だけが知る秘密があった。それは命を他者に分け与えることができるというもの。ただしそれは無限ではなく、自身の限られた寿命を譲ることであり、もしかしたら分け与えた途端に自分の命が絶えるかもしれないリスクが大きな能力であった。


「雨粒交信」
ずっと母子家庭だったヒロインであったが、母親に恋人ができて複雑な想いを抱くようになる。そんな時、雨の日に限って、いきなり他人の寂しい心情が聞こえてくるようになって戸惑う。


「カンカン軒怪異譚」
あることで元気がなかった「私」は散歩の途中で見かけた中華料理店に入った。
そこでは威勢のいいおばちゃんが鉄製の鍋をカンカン叩きながら料理を奮っていた。
出されたチャーハンを食べた「私」はたちまち元気を取り戻すことになる。なんでも父から譲り受けて長年使っている鍋には人を勇気づける力があるのだとか。


「空のひと」
「私はアンタを許さない」という過激な台詞で始まる一篇。
中学の時に母子家庭で母を支えるために新聞配達をしていた同級生との出会い。運動会での奮闘、初めての遊園地でのデート。
紆余曲折の末に結婚したが、妊娠中に事故死してしまった夫への回想。


「虹とのら犬」
小学校の時に教師に冤罪を着せられたことをきっかけに荒れてしまった少年。
だが、いわゆる知恵遅れでいじめられっ子だった少女だけは少年に対して笑顔を向けてくれた。


「湯呑の月」
主人公はしつけの厳しい母よりも、優しい叔母に懐いていて、いつもよく遊んでもらっていたのだが、ある日突然母から会ってはいけないと言われてしまった。
子供心に納得できないまま言うことを聞かざるをえず、その理由を知ったのは数年後の叔母の葬儀の時だった。


「花、散ったあと」
胃潰瘍で入院した幼馴染を見舞った主人公。だが、本当は末期の癌だった。
いつも、すぐばれるような嘘ばかりついていた彼とは腐れ縁で、小学校の時以来、長い付き合いだったが、特に思い出深いのは彼がアパートに転がり込んできて一緒に住んでいた10か月ばかり。
久しぶりに会って、当時近所迷惑なおばさんが同じアパートに住んでいた時のことが話題になった。


昭和の頃、東京の下町を舞台とした、ちょっと不思議で涙を誘う短編集。
多くが多感な子供時代の体験であり、家族、身近な親戚、雨、空といった誰もが頭に浮かびやすいキーワード。しかも、タイトルが情緒的でいいですね。
また、超能力といっても、使い勝手があまりにも難しくて、ありがたくないと言えるような(「あした咲く蕾」の命を分け与えたり、「雨粒交信」の寂しい声が聞こえるとか)。
明るく前向きになれると言えば、やはり「カンカン軒怪異譚」でしょうね。チャーハンが食べたくなる!
読み終えて寂しいく切ない気持ちとなったのが、表題作と「湯呑の月」。どちらも若くして未婚のまま逝った叔母ですが、対照的な人物像です。
さりげなく、表題作の最後の一文にはびっくり。
別の意味で最後の一文にはびっくりと同時にほっこりしたのが「虹とのら犬」ですね。
出会いが人生を変えたと言えるでしょう。
出会いと別れと言えば、「雨粒交信」、それに最後の「花、散ったあと」。
「雨粒交信」は親の再婚を前にして素直になれない少女の心境がよく伝わってきます。「声」によって一人の女の子を救い、後に義父となる男性との距離が縮むことになって本当に良かった。
「花、散ったあと」の幼馴染とのエピソードはなかなか面白いです。同じ嘘でも、騙そうというのではなく、切ない感情が見え隠れするところが深いですねぇ。