12期・24冊目 『仮想儀礼・下』

仮想儀礼(下) (新潮文庫)

仮想儀礼(下) (新潮文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

社会から糾弾され、マスコミと権力の攻撃のターゲットにされた「聖泉真法会」に、信者の家族が奪還のために押しかける。行き場を失い追い詰められた信者たちがとった極端な手段。教祖・慧海のコントロールも超えて暴走する教団の行方は―。人間の心に巣くう孤独感、閉塞感、虚無感、罪悪感、あらゆる負の感情を呑み込んで、極限まで膨れ上がる現代のモンスター、「宗教」の虚実。

宗教界の巨人とも言える人物の教団傘下に入る誘いを断った「聖泉真法会」の教祖・桐生慧海(本名:鈴木正彦)ですが、そこから始まる不気味な嫌がらせと悪意の数々。
さらに今度は一転してその人物と関係者の犯罪が明るみになり、誘いを断ったはずの正彦にも関係あったような報道をされてしまってダメージを受けます。
経理上のミスによる脱税に加えて、出版社に若い信者が突撃して暴力事件を起こすなど、負の連鎖は止まりません。
最大の支援者であった惣菜会社「モリミツ」の社長ですが、インドネシアの工場にて礼拝強制や日本の習慣押し付けが現地社員の不満を誘って暴動に発展。工場が焼け落ちてしまいました。
社長は強制的に退任させられ、会社としては完全に教団とは縁を切られることになります。
教団として利があったビジネス界隈からの信仰を一切失い、設立した当初の礼拝所に戻って一からやり直すことにした正彦や矢口、そして初期からの信者たち。
経済的には苦しい状況でしたが、その時点で終わっていれば零細教団としてひっそりと活動していた状況に戻るだけで、それならまだ良かったのかもしれません。
しかし、正彦にとっての悪夢ともいえる展開はこれから待っていたのでした。


上巻ではインターネット上で始めた仮想空間での教団が試行錯誤の末に少しずつ信者を獲得、危うい面も見せながらあれよあれよという感じで規模が拡大し、収入も増えて上昇気流に乗りました。
しかし下巻ではこれでもかというくらいに叩かれて、凋落ぶりがすさまじいです。
虚構の信仰であることを自覚している正彦が既存のカルト教団のようになることだけは避けようと努力するも、事態は坂道を転げ落ちるように悪化の一途を辿っていく。
その展開の早さには読んでいて息をのむばかり。


女性信者の一人が古くからの議員一族の出で、しかも父と兄から性的虐待を受けていたということで、心に深い傷を持つ他の女性と同様に教団に縋りつくコアなメンバーになっていました。
妹に執着する兄(議員秘書)は奪回のために手段を選ばなくなり、有名無形の圧力を教団および教祖である正彦への攻撃をかけてきます。
すでに支部を失い、信者が激減した教団でしたが、まさに水に落ちた犬を叩くがごとく、悪意に満ちたデマを始めとした激しい攻撃に晒されます。
教祖自らマンションにも住めなくなり、行き場の無い女性信者たちが共同で暮らし始めた古い一軒家に一時的に入った頃には信者の数も10人を下回るほど。
生活費稼ぎのために始めた女性たちの占い業が当たり始めたり、かつて教団を理論的に批判したルポライターが今度は逆に擁護に回るなど、一時的に好転したかと思わせます。
しかし、今度は信者達の家族が「カルト教団に家族を奪われた」として、一軒家に押しかけてきて様々な騒ぎを起こします。
マスコミも面白がって報道し、正彦は女性を周囲に侍らすエロ教祖扱い。
新たな避難者に見えた女性もスキャンダルを作るための罠だったらしく、正直言って地に堕ちた教団を叩くためにここまでやるかと思ったくらい。
主人公視点のせいでしょうが、それまで放置していたくせに無理やり取り戻そうとする信者家族や話題作りのために平気で捏造するマスコミ、教団を叩き出すためにに違法行為も辞さない連中に嫌悪感を抱きました。
最終的に一軒家に放火*1され、帰る場所を失った正彦は女性たちを連れて最初の集会所に戻り、今までの事情を打ち明けた後に教団の解散宣言をしたのですが、すっかり自分たちの中で確固たる信仰を作り上げていた彼女たちはそれを許すはずもなく・・・。


後半に入って、教団への攻撃が激しくなるにつれて、冷静さを保とうとする正彦とは対照的に一心不乱の勤行の中でトランス状態に入り、無我の境地に達した女性信者たちとの乖離が目立つようになっていきますね。
それが最終的に解散宣言を聞かずに奈落の底への逃避行へと繋がっていってしまったのだなぁと。
家族を始めとする身の回りの人への感謝と思いやりを忘れないようにと教えていたはずの教祖・慧海(正彦)が家族と訣別することを選んだ女性たちの言うがままになってしまったのは皮肉とも言えましょう。
だけど、始めこそ安易な金儲けの手段で始めた正彦と矢口が彼女たちを捨てることなく、最後まで面倒をみることにしただけでなく、その罪をも背負ったのが嫌いになれないところですね。
トラブル続きで嫌気を感じながら、結局長い付き合いの彼女たちを見捨てられないところに人の良さを感じてしまいます。
おそらく普通の人間だったら、途中で嫌になって逃げだしていたんじゃないですかね。
それゆえ、最後の結末も個人的には好きですね。


本作のポイントは宗教を取り巻く現代人の様々な心情が深く描かれているところ。宗教を金儲けの手段および人を惑わす怪しい詐欺行為という負の面だけでなく、人としての自然な心のあり方を示していたのも良かったです。
さらに教団を取り巻く個性的な人物たちも強烈な印象を残しました。
女性信者以外で代表的だったのは江戸川乱歩賞を受賞した天才作家でありながら、金と女についてはどうしようもない生活破綻者の井坂。彼は一時的に教団にメリットももたらしましたが、結局は深すぎる傷を残していきました。
あとは大学で宗教を学んだ「モリミツ」社員で出向して教団幹部として支えながら、最終的には会社の命令で離れた増谷などはどんな気持ちを抱いていたのか気になるところ。


やはり宗教、それに付随する教団というのは相当闇が深いというか、掴みどころないものと言えそうですね。
もっとも、どんな入れ物(教団)も、そこに関わる人々の心が複雑に反映され、創始者の意思に反して動き始めてしまうものなのか。
元はゲームブックのシナリオから始まったのに、虚像が実体を持ち、教祖のコントロールを離れて暴走し始めた時から破滅へと走り始めたような感じがしました。

*1:理性を失った信者家族の仕業か