篠田節子 『聖域』

聖域 (集英社文庫)

聖域 (集英社文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

異動先の編集部で、偶然目にした未発表の原稿『聖域』。なぜ途中で終わっているのか。なぜこんなに力のある作家が世に出ていないのか。過去を辿っていくと、この原稿に関わったものは、みな破滅の道へと進んでいる。口々に警告されるが、でも続きを読みたい、結末を知りたい。憑かれたように実藤は、失踪した作家、水名川泉を追い求め東北の地へ。そこで彼が触れたものは。

やり残した仕事に未練を持ったまま、編集者・実藤が辞令をもって異動させられたのは斜陽の文芸雑誌。
もとは月刊であったのが、発行部数の減少によって季刊へと縮小されていた。
突然辞めてしまった前任者の荷物を整理していたら、多数の原稿が出てきて、さほど期待も持たずに念のために読み始めたところ、ある未完の原稿に夢中になってしまい…。
実藤が時を忘れるほどに読みふけったのは水名川泉という作家による『聖域』という作品。
実藤は聞いたこともない名に訝しむものの、この続きを読みたくてたまらなくなってしまいます。
そこで、前任者を始め、著者と交流があったという作家、果ては水名川泉本人に会うために北へ足を伸ばしていきます。その目的は続きを書いてもらうため。
しかし、水名川泉に関わる者は命を落としたり、不幸に遭うなど、良からぬ影がちらつくのでした。


内容は本州北の果て・津軽の村に赴いた天台宗の僧・慈円が自然崇拝の残る村民をなんとか布教しようするが、思うようにいかずに病に倒れてしまうことも。
村民らの信仰の鍵が岬の先にある霊山だと知った慈円は反対や妨害を押し切って向かい、この世ならざるものと遭遇するところまで。

仏教、新興宗教団体、即身仏、イタコ…等、著者のこれまでの作品と同様、濃厚に宗教が絡んでくる内容となっています。純粋な信仰ばかりでなく、教団を通じて金や権力、あるいは故人への愛憎など、人の業の深さを描いているのも著者らしいです。
時を忘れるほど夢中になった作品の続きを読みたい。
本好きならば誰でも願うもの。ましてや、編集者という立場にあれば、作家に直々に申し入れることができます。
しかし、当の作家が行方不明であったら?
仕事を離れてまで水名川泉の行方を捜しに何度も遠くまで足を向けるあたりに実藤の執着心の強さを感じます。
宗教団体の教祖に収まったり、かと思えば追い出されてイタコになっていたりと、水名川泉もだいぶミステリアスな人物であるのは確か。
実は実藤には異動前に好意を抱いていた自然派の女性ルポライターがいたのですが、彼女はチベットに行って命を落としたことが暗い影を落としています。
水名川泉に関わることで、故人への深い悔恨が炙り出されていくようで、時折実藤が彼女の幻想を見る場面は切ないというか、救いようのなさを感じたりしました。