12期・23冊目 『仮想儀礼・上』

仮想儀礼(上) (新潮文庫)

仮想儀礼(上) (新潮文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

ゲーム作家に憧れて職を失なった正彦は、桐生慧海と名乗って、同じく失業者の矢口と共に金儲け目当ての教団「聖泉真法会」を創設する。悩める女たちの避難場所に過ぎなかった集まりは、インターネットを背景に勢力を拡大するが、営利や売名目的の人間たちの介入によって、巨額の金銭授受、仏像や不動産をめぐる詐欺、信者の暴力事件、そして殺人など続発するトラブルに翻弄される。

公務員の傍ら、ゲームシナリオを書いていた鈴木正彦はある時、編集者の矢口の口車に乗せられて、一大プロジェクトのシナリオに専念すべく、職場や妻の反対を押し切って退職してしまいます。
今までのようにわずかな原稿料を稼ぐのではなく、当たれば一気に大金持ち、専業ライターとして生きていくという夢が叶う。
しかし、そんなうまい話があるわけもなく、実は詐欺紛いの怪しい話に引っかかってしまったわけで、せっかく書いた5000枚の原稿の持ち込み先が消えてしまいました。
ようやく捕まえた編集者の矢口も騙された口で、失業した中年男二人はマンションの一室で途方に暮れていたのでした。


手っ取り早く金稼ぎを考え始めたところで思いついたのは宗教を始めること。
幸い、チベットの秘宝を得るための冒険ものゲームシナリオを書くために宗教関連の知識が豊富だった正彦と人当たりの良い(特に女性関係)矢口ならば役割分担できそう。
ただし、それなりの施設など用意する資金などないために、インターネット上に仮想神殿を作って「聖泉真法会」という教団を創設したのです。
始めは掲示板の相談窓口から始まり、マンション一階の店舗部分と交換して礼拝所を作ると、現代を生きづらいと感じる若者たちや様々な悩みを抱えた女性たち、更に家族関係や健康上の悩みを抱えていたり、別の宗教からあぶれた主婦など徐々に人が集まってきました。


教祖たる正彦は既存の新興宗教のように彼らの弱みにつけこんで脅したり金を巻き上げることは避け、親身に相談に乗ったり、自身の業務経験からごく当たり前に解決手段を考えてあげたりするなど、常識的な対応する様が新鮮で良心的に思えますね。
そこは性格もあるのか、堅実で無茶して稼ごうとしない小市民的な人柄が垣間見えます。
信者急増とまでいかなくても少しずつ信者が増えていくさまは運が味方した部分もありますが、充分読み応えあって説得力あります。
飛躍のきっかけとなったのは食品会社「モリミツ」社長の森田社長からの信仰により、福利厚生施設を新たな礼拝堂と用意してもらうなど、会社ぐるみでの絶大な援助を得たことでしょう。
そこから現世利益を求めるビジネス界隈から会員が飛躍的に伸びて数千人規模の団体へと成長していくのですが、そんな時に新興宗教界の巨人とも言える人物が接触してきて雲行きが怪しくなっていくところまでが上巻の内容です。


宗教団体と言えば、寄付名目で大金を巻きあげたり強引な勧誘やらマインドコントロール、極めつけは殺人やテロにまで手を染めたオウム真理教のショックは強く、すっかり新興宗教への警戒心が大きくなった現在ですが、一方で様々な事情から心を病み、救いを求める人々がいるわけで、本作のように素人が作った各種ごちゃまぜの宗教でも縋りつきたいのが人間というものなのかと思わされるものがありました。
正彦たちの聖泉真法会は様々な困難に当たりつつも、それを乗り越えて確実に信者を増やすのですが、常にどこか危うさを孕んでいるさまを感じさせます。
ある程度の規模にまで膨れ上がるとそれに吸い寄せられる者たちもいるわけで。
その先に待つのは繁栄かそれとも破滅か。どうしても後者を予感しつつ、下巻へと続きます。