12期・8冊目 『わくらば日記』

わくらば日記 (角川文庫)

わくらば日記 (角川文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

姉さまが亡くなって、もう30年以上が過ぎました。お転婆な子供だった私は、お化け煙突の見える下町で、母さま、姉さまと3人でつつましく暮らしていました。姉さまは病弱でしたが、本当に美しい人でした。そして、不思議な能力をもっていました。人や物がもつ「記憶」を読み取ることができたのです。その力は、難しい事件を解決したこともありましたが…。今は遠い昭和30年代を舞台に、人の優しさが胸を打つシリーズ第1作。

見た目は平凡だけど、元気の良さが取り柄の主人公・和歌子*1には欧米人のような特徴を持つ美人で優しい姉・鈴音がいました。
しかも鈴音には、人や物を通して過去を映画のシーンにように見る能力があったが、その対象によっては、見たくないものも見えてしまい、ただでさえ体の弱いのに精神的な負担が強すぎるので、頻繁には使わないようにしていました。
しかし、まだ小学生だった和歌子が当時憧れた交番の秦野巡査に良いところを見せたいがために姉の能力をこっそり教えてしまったことから、警視庁の神楽刑事の耳にとまり、殺人も含む未解決の事件の捜査に駆り出されるようになってしまったのです。


数十年後、おそらく平成の時代に和歌子による回想で綴られる連作日記形式。
姉妹が経験した不思議で哀しい出来事の数々。それは著者得意のノスタルジックホラーであり、ミステリ風味も加わっています。
その時点で鈴音は27歳の若さで故人となっているという事実が儚さに拍車をかけることになりますね。

  • 「追憶の虹」

目撃者がいた割には一向に犯人の特徴が掴めない轢き逃げ事件に助力することになり、その現場にて過去を”見た”鈴音。しかし、犯人の意外な事実まで知ってしまうことに。
更に凄惨な殺人現場を見て、犯人の悪意に晒されてしまったために体調を崩してしまう。

  • 「夏空への梯子」

女子高生が殺された事件。
犯行声明を出すなど自意識過剰だった犯人が逮捕されるも、どうしても犯人の動機や背景に納得できないものを感じた神楽刑事は鈴音に協力を依頼。
犯人である在日朝鮮人の若者は極度の貧困と長年の差別に苛まされたためにその精神はかなり歪んだものとなっていた。

  • 「いつか夕陽の中で」

知人の村田のおばさんの頼みで茜という二十歳の娘が通いで洋裁の仕事を始めることになる。年上で女性ファッションや流行に詳しい茜とすっかり仲良くなったのだが、ある時、茜が落とした指輪入りの袋の過去を見てしまい、それはまさしく強盗事件であったために怖くなってしまう。
しかし、後に茜には不幸な境遇があったことを知る。

  • 「流星のまたたき」

村田のおばさんと茜が新たに住み始めたアパートには笹森という慶應大学の学生がいて、マッチ箱の手品をきっかけに鈴音・和歌子姉妹とも知り合う。
笹森が取り組んでいる流星塵の研究など和歌子にとってはさっぱりではあったが、鈴音はそうではなく、どうやら二人は意識し合う関係に!?

  • 「春の悪魔」

和裁の仕事を頼んでいた関係でがしばしばお使いに行っていたクラ婆さんの一人住まい。
この人が非常に口やかましくて和歌子たちは苦手だった。その日も和歌子は届け物があって、クラ婆さんの家に行ったところ留守で、時間潰した後に再度訪ねてみたらただならぬ様子の本人が駆け込んできた。そして数日後になんどクラ婆さんが殺人犯として逮捕されたと聞いて…。


戦後十数年経ち、目前に迫った東京オリンピックとか、当時流行のスターとか、これから高度成長時代を迎える時代を充分に味わえるし、どのエピソードも人情を感じさせる素晴らしい内容に仕上がっています。
あまりにも儚い恋を描いた「流星のまたたき」、母親としての想いが伝わる「春の悪魔」が特に強い印象を残しました。
まだ私が生まれる前なので直接わかるわけではないのですが、そこは同じ昭和を感じさせる雰囲気があって、懐かしさが溢れるのは変わりありませんね。
対照的な姉妹のキャラクターもそうですが、どんなに慎ましい生活を送っていても、礼儀躾けに厳しい母親とか途中から加わる茜など脇を占める人物も良いですね。
貧乏であっても、前向きに生きていこうとするこの時代の日本人の良い部分がうかがえます。
母親に関しては後で意外な特技を披露したり、医者らしいけど一緒に住んでいない父親の存在など謎があって、次のシリーズで明かされていくのか楽しみです。

*1:「どんぐり眼に、胡座をかいたような鼻、眉尻は情けなく下がっており、いつも便所へ行きたいのを我慢しているような顔をしている」と評されている