10期・62冊目 『月夜の島渡り』

内容(「BOOK」データベースより)
鳴り響く胡弓の音色は死者を、ヨマブリを、呼び寄せる―。願いを叶えてくれる魔物の隠れ家に忍び込む子供たち。人を殺めた男が遭遇した、無人島の洞窟に潜む謎の軟体動物。小さなパーラーで働く不気味な女たち。深夜に走るお化け電車と女の人生。集落の祭りの夜に現れる予言者。転生を繰り返す女が垣間見た数奇な琉球の歴史。美しい海と島々を擁する沖縄が、しだいに“異界”へと変容してゆく。7つの奇妙な短篇を収録。

沖縄の島々を舞台とした怪奇短編集である『私はフーイー』(単行本)を改題・文庫化されたものです。
弥勒
人が臨終を迎える時に胡弓を手に現れる老婆。それは死を迎える人の苦しみを消し去るという。
ある夜、海辺で老婆からその胡弓を譲られた主人公だが、その胡弓を鳴らすとヨマブリという蝶に似た人外のモノたちを呼び寄せるのだった。
・クームン
その住処に古びた靴を持っていくと願いを叶えてくれるという妖怪クームン。
一度その願いを叶えてもらえた私はある時、家出した少女に出会い、住処に連れていった。
後に少女の家で凄惨な殺人事件が起こったことを知る。
・ニョラ穴
酒に酔って男を殴って殺してしまった主人公はその処置に困り、兄貴分に相談して遭難死を装うことに。その工作のために無人島に上陸すると、そこには夢と現実を行き来しているような不思議な男に出会う。男は島の洞窟の生き物に従わされているようだった。
・夜のパーラー
人里離れたところに見つけたパーラーのソーキそばを気に入った男は常連となるが、ある時店の娘から誘いを受けて買春をしてしまう。どうやら母(?)に命じられて度々行っていたのだという。
それ以来遠ざかっていたのだが、ある日突然その店で殺人事件が起こり、彼女からの電話を受ける。
・幻灯電車
幼い頃に家族で幽霊電車に乗ったことのあった少女。
その後父は行方がわからなくなり、家には漁師のおじさんが入り浸るようになる。姉が言うにはろくでなしの父を殺しその遺体を始末するためにおじさんに協力を依頼したことで母は弱みを握られてしまっているらしい。
・月夜の夢の、帰り道
家族と沖縄に旅行に来た少年は地元の祭りを見に行った際に不思議な男女に遭遇し、忌わしい予言を聞く。
それから少年は全てが裏目に出る転落の人生を送ることになる。
・私はフーイー
ある日、島に辿りついた異国の少女フーイーは動物に変身するなど不思議な能力を持っていた。やがて島の男と結ばれて子供を成すが、明治維新後の騒乱に巻き込まれて殺されてしまう。
そして50年後、ある少女は前世がフーイーであったことを思い出す。


全て沖縄(本島だけじゃなくて周囲の無人島含め)の島々が舞台となっているだけに全体的に南国情緒が漂っているのが特徴ですね。
特にこの中では見た目の異様さに比べて心優しい妖怪が少年少女の人生に波紋を与えた「クームン」が良かったですね。そして転落の人生を送っていた男が最後になって救われた「月夜の夢の、帰り道」も印象深い。
「ニョラ穴」は正体不明ながら人を操る怪物というのが怖いし、「幻灯電車」は乗った体験が家族崩壊を招いたのか、それとも最後に乗ったことでヒロインが救われたのかちょっと気になる。
全体的に人の心と交錯する怪奇の関係が深く描かれていると思います。
ただ安易に人を殺してしまう展開が目立ったのが気になりましたね。「夜のパーラー」では鬼婆的な存在がいることが示唆されていますが、パーラーでの殺人事件との関係もはっきりしませんでしたし。
「私はフーイー」はフーイーの転生譚に明治維新後の混乱や沖縄戦など沖縄の歴史が絡められている異色な展開ですが、敵役のもう一人の転生者との関係やフーイーの結末などこれも曖昧なまま終わってしまったのがもったいなかったなと。