11期・30冊目 『漂流』

漂流 (新潮文庫)

漂流 (新潮文庫)

内容紹介

江戸・天明年間、シケに遭って黒潮に乗ってしまった男たちは、不気味な沈黙をたもつ絶海の火山島に漂着した。水も湧かず、生活の手段とてない無人の島で、仲間の男たちは次次と倒れて行ったが、土佐の船乗り長平はただひとり生き残って、12年に及ぶ苦闘の末、ついに生還する。その生存の秘密と、壮絶な生きざまを巨細に描いて圧倒的感動を呼ぶ、長編ドキュメンタリー小説。

江戸時代、鎖国政策によって外海での航行可能な大型船建造や航行技術の研究が禁止され、代わりに船乗りたちは弁才船による沿岸航行が専門となっていました。
弁才船は甲板が無く、多くの荷が積める一方で堪航性で劣っているために、悪天候の際に難破し易かったそうです。
本作の主人公である土佐の船乗り・長平も荷を届けた復路にて天候の急変によってシケに遭い、舵が壊された船は黒潮によって延々と漂流。
相次ぐ嵐と水不足に苦しみながら漂った先に、ようやく島影を見つけて上陸します。
人家や飲料水を求めて探すも、そこは何もない無人の火山島。
いるのは無数の不格好な鳥(アホウドリ)たち。
まったく無警戒の鳥を殺してその肉を食べ、雨水を貯めて口にすることで何とか命を繋ぐのでした。
島で暮らす内に四人いた仲間は一人ずつ命を落としていき、ついに一人きりとなってしまった長平はこのまま島で生きのびていけるのか・・・?


長平らが命からがら行き着いた島というのは鳥島
アホウドリの繁殖地である他は、火山島であることから植物はわずか。
湧水もなく、生きていくには過酷すぎる環境でした。
航路からも外れているために船が通ることなく、救助は見込めそうにない(ただし昔から漂流者が辿りついていたようで、洞窟には人骨や遺品が残っていた)。
とはいえ、アホウドリは人間を警戒していないために捕まえるのに苦労はなく、その肉は美味で飢える心配はありません。
ただし、海辺で捕れる貝や海藻以外は鳥を主な食料にするしかなく。
渡り鳥だという習性を見抜いて、鳥が島にいる間に干し肉を作っておくことに気づいたのが賢明でした。


淡々としていながらも、生きぬくために長い期間サバイバル生活を送った長平の艱難辛苦がよく伝わってくる内容です。
何度も何度も絶望にうちひしがれる様が重苦しくもありました。
悪いことばかりでなく、良いこともあるのですが、どちらかというと生き抜くための試練が次々と立ちはだかってきて、気力を失い体調を崩して亡くなる仲間がいる中、長平が12年も生き抜いたのはその強い意志と運の巡りあわせもあったのだろうと思わされます。


途中から、大阪船や薩摩船の漂流者が加わり、島での生活の長い長平が協力して共同生活が始まります。
彼らが船から持ち出した備品により、火が起こせるようになるなど多少はマシな生活ができるようにはなりましたが、相変わらず鳥肉を主食に雨水を貯めて飲む生活。
頼みとなる船は一向に見かけません。
希望の無い生活により、望郷の念は募り、漂流民同士のちょっとした諍いや自殺という悲しい出来事もありました。
しかし、たまたま持ち込んでいた船大工を目にし、毎年のように漂着する木材を元に船を造ってみようと動き出してから、みな目の色が変わっていきます。
とはいえ、漂着物でそのまま船が作れるかというと難しいわけで、それは何年にも渡る地道な作業。
それでも一つの目標に対してみなで力を合わせていく展開に読む方も期待が高まっていくのは確かでした。
つぎはぎの木材に、同じく衣服をつぎはぎにした帆を張った船が海に出ていくのは胸躍る思いでしたね。


元々は実際にシケに遭い、漂流の末に孤島で12年の過ごして生きて戻ってきたという船乗りの記録を元にしたドキュメンタリー小説。
たまたま土佐の船乗り・長平を主人公として、その帰還までの長い道のりを描いていますが、生還できた一握りの人たちの陰に多くの命を落とした人々がいたこと、さらに長平の仲間のように運良く島に上陸できても、ろくに飲食物を得られず体調を崩して島で朽ち果てていった人もいたというのは想像がつきます。
まさに江戸時代の船乗りたちの過酷な境遇を思い知らされます。
著者は冒頭でアナタハン島事件を始め、太平洋の島々での日本兵残留の例を挙げています。
こうやってサバイバルものを読む分には興味深いものですけど、遭難によって故郷に帰れず、過酷な環境で過ごさざるを得なかった人たちの失われた年月を思うと、その残酷さが胸を衝きます。