11期・29冊目 『聖者は海に還る』

聖者は海に還る (幻冬舎文庫)

聖者は海に還る (幻冬舎文庫)

■あらすじ
中高一貫進学校に勤務する養護教諭・梶山律。ある日彼女は、生徒が担任教師を射殺し自らも拳銃自殺した現場に遭遇してしまう。対応を迫られた学校側は、事件の再発防止と生徒の動揺を抑えるため、心の専門家を招聘した。若く有能なカウンセラー
として着任した比留間亮により、急速に平穏が拡がっていく学園。だがそれは教師と生徒が個を失っただけに過ぎなかった。一方、律との交流で比留間が個を見つめ始めた時、彼の中で眠っていたはずの邪心が目を醒ます……。

有名私立大学への合格者も多数出している中高一貫進学校
その中学3年のクラスで生徒が教師を拳銃で射殺し、直後に自殺する事件が発生。
事件から数日経ち、平穏が戻ったように見えても生徒たちの心の傷は深く、成績が下がったことを憂いた校長は心理的なケアのために外部からカウンセラーを招きます。
招かれたカウンセラーの名は比留間亮。
誰もが彼と話をするだけで心の障害が消えていくような効果があり、生徒だけでなく教師の間にもたちまち人気となったのでした。


実は比留間には、少年時代に猫を殺して死体解剖を行うという異常行動があって、母親から相談を受けたカウンセラーの別宮がその破壊衝動を心の奥底に封印したという過去がありました。
異常行動が治まってからの比留間は善の化身とも言えるほど対人コミュニケーションに優れた青年に成長。
そこに目をつけた別宮が自身の後継者としてのセラピストとして育てていたのでした。
また、比留間のカウンセリングを受けた生徒たちの成績が上昇したことを知った校長は全生徒に受けさせようと考えるのですが、生徒自身による自主的な精神の成長も大事だと考えるヒロインや当の比留間自身は積極的にはなれなくて・・・。


ヒロインというか主人公の梶山律は養護教諭*1で、気軽に保健室に出入りする生徒たちと親しい関係を築いているという設定ですが、前に勤務していた高校が荒れていて、生徒との信頼関係を築けず挫折したという過去があったりします。
梶山律との出会いが比留間にとっても大きな影響があって、徐々に同僚を超えた関係になっていくのですが、それで面白くないのは師であり父親代わりを自認していた別宮であって、やがて不穏な状況になっていくわけですね。


心理学のプロフェッショナルでありながら、自身の功名心や嫉妬に振り回される別宮が哀れとも言えます。
その挙句に心の奥底の封印を解いてしまうのですが、そこから比留間の能力を逆方向に活かして集団洗脳や殺人など、残酷な展開を予想しちゃいましたけどね。
意外と穏やかで、不満ってほどじゃなけど、色々ともやもや感が残ります。*2
本作で登場する定岡療法はその危険性から異端とされた催眠療法という設定であり、やりようによっては強力な洗脳が可能らしいのですが、それを用いても予想外な結果になったということで、やはり人の心の複雑さを思い知らされるいう無難な結末に落ち着きましたね。

*1:子供が生まれてすぐに夫が病死して幼い子を保育園に預けて働くシングルマザー

*2:冒頭の事件についても何も明かされたなかったし