9期・74冊目 『炎の門』

炎の門―小説テルモピュライの戦い (文春文庫)

炎の門―小説テルモピュライの戦い (文春文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
紀元前480年、クセルクセス大王率いるペルシア軍200万はギリシアに襲いかかった。テルモピュライの地で敵を迎え撃つはスパルタ軍の精鋭300人。放たれる無数の矢で天日が覆われるほどの猛攻を7日間しのいだ彼らも、刀折れ矢尽きて遂に玉砕する―世界史上名高い凄惨な白兵戦とギリシア人の誇りを雄渾に描く一大スペクタクル。

アジアからアフリカにかけて広大な領地を持つペルシア帝国(アケメネス朝:紀元前550年 - 紀元前330年)の大王クセルクセスはヨーロッパへの侵攻を企て、バルカン半島に上陸しました。
一方、ギリシャの諸都市同盟は後手に回ってしまいますが、ギリシャ随一の軍事都市スパルタが中心になって少数精鋭の守備隊を編成。
有名な温泉があることで熱き門と呼ばれるテルモピュライの隘路でペルシア軍を迎え撃つことになります。
それは同盟軍が迎撃の準備を整えるまでの時間稼ぎが最大の任務なのでした。


七日間の激戦の末に玉砕したスパルタ軍の中で、唯一瀕死の重傷で発見された従者クセオネスの口述をペルシア軍の歴史家が書き取る形を取っています。
その中で弱小ポリス出身のクセオネスが幼少のうちに他国の侵略を受けたために従姉と年老いた召使とともに流浪を重ね、やがて一人スパルタに行き着いて戦士の従者として仕えることになり、テルモピュライの戦いに至るまでの様子が詳細に描かれています。
スパルタというと、今日の私たちにとっても「スパルタ式」という言葉として使われるように、同じギリシャの中でも華麗なる文化を誇るアテネと比べてスパルタは規律を重んじる質実剛健な国家というイメージです。
いわば他国者の従者という第三者視点から見る当時のスパルタの戦士たちはまさにその通りというか想像以上と言えますね。
その精神は日々の生活や言動に立ち振る舞い、そして訓練から実際の戦場においても発揮され、他国では真似できない強固な団結心によって結実された方陣による攻撃は敵を圧倒する。


テルモピュライの戦いにおいても圧倒的な数を誇るペルシア軍の攻勢に対しても一歩も引かず、見事な戦いぶりを見せます。
それでも続々と兵力を投入する敵の攻撃により徐々に数を減らし、遂には大王の幕営地に対する夜襲に失敗した後は生き残った約100名が身分も超えて一丸となって最後の防衛戦に挑む。
武器や盾が壊れても不屈の精神で戦い続ける男たちの生きざまに思わず胸が熱くなりました。
また、夫や息子を送り出す女性側の心情が描かれていたこともスパルタを語る上で欠かせません。
レオニダス王がテルモピュライに送る300人を(自身も含めて)選んだ理由を語り、それを聞いた(夫と息子を送り出した)女性が滂沱の涙の後に今後は決して泣かないと決心した場面は最も感動的でありました。

奥方、わしは彼らを本人の勇敢さで選んだのではない。その母あるいは妻の勇敢さで選んだのだ。
(中略)<門>における戦いが終わり、三百人の戦士がすべて冥界へと旅立ったとき、全ギリシアの目はスパルタに集まるであろう。人々が現実にいかに耐えているかを見るためにだ。
しかしスパルタ人は誰を見るであろうか。そなたらだ。そなたら、倒れた戦士の妻、母、姉、娘らだ。
もしそこでそなたらの心が悲しみに引き裂かれておれば、それを見る国民の心もくじける。そして全ギリシアの心がくじけるのだ。しか、もしそなたらが端然として涙も見せず、喪失にただ耐えるのみならず、苦悩に陥ることなくその事実を受け入れ、その真の名誉を理解するとき、スパルタは立ち上がるだろう。そして全ヘラスもその驥尾に対して立ち上がるのだ。

長い物語でしたが、まるで映画を見ているかのような臨場感と迫力に満ちていて、特に終盤に向けての盛り上がりとエピローグ(語り手の顛末)も素晴らしかったです。