9期・18,19冊目 『鷲たちの盟約(上・下)』

鷲たちの盟約〈上〉 (新潮文庫)

鷲たちの盟約〈上〉 (新潮文庫)

鷲たちの盟約〈下〉 (新潮文庫)

鷲たちの盟約〈下〉 (新潮文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
1943年、アメリカ合衆国。10年前に大統領就任目前のルーズヴェルトが暗殺され、未だに大恐慌の悪夢から脱せずにいるこの大国は、今やポピュリストに牛耳られた専制国家と化している。ポーツマス市警のサム・ミラー警部補はある晩、管内で発見された死体の検分に向かうが、その手首には6桁の数字の入れ墨があった―。現代史上の“if”を大胆に敷衍した緊迫感溢れる歴史改変巨編。

史実ではフランクリン・デラノ・ルーズヴェルトニューディール政策を掲げて大恐慌時代を乗り切り、再選した上で第二次世界大戦へと突入。
あとはご覧の通りの歴史を辿るわけですが、もしも彼が大統領就任目前に起こった(本当)狙撃事件で命を落としていたら…歴史が変わった後のアメリカ国内の様子を一警察官を主人公にその暗部をリアルに描いたパラレルワールド作品になります。


1943年、アメリカ北東部ポーツマス
サム・ミラー警部補はある雨の晩、線路近くで発見された男性の死体を検分します。
服装の身なりは良いが身元を現すものは一切なく、手首には6桁の数字の入れ墨があるのみ。
不可解なのが周囲に争ったような形跡は一切無く、まるで死体が忽然と現れたかのよう。
状況証拠の少なさに捜査の難航が予想されても、警部補になりたてのサムは初めて担当する殺人事件に張り切るのですが・・・。


背景としては、ルーズヴェルト死後のごたごたで数年過ぎて急進的なポピュリストであるヒューイ・ロングがアメリカ大統領に選出。
ユダヤを始めとする大企業を攻撃し、「富の共有運動」を掲げて支持を集めてゆく中で党の私党化、州兵の私兵化など権力を固め、共産主義者共和党支持者・有色人種など政府を批判するものや反体制的と決めつけた人間をことごとく収容所送りにするなど独裁者として君臨しています。
サム自身は警察官の職務に忠実で妻と息子を愛するごく普通のアメリカ人であることがわかります。
変わりつつある世の中を苦々しく思っており、なるべく政治に関わりあいにならないようにしたいのですが、周囲が放っておかない。
なにせ(お互い相手を嫌っているにせよ)妻の父親がポーツマス市長。
上司であるハンソン保安官*1は党の有力者。
それでいて、兄のトニーは組合運動に参加したことで逮捕されたが脱獄してサムに会いに来る。
さらに妻のサラは政府に追われた人を匿う運動に隠れて参加していたと聞いてサムの頭痛の種は増えるばかり。
そんな中でも不明死体に関する捜査は少しずつ進展してゆくのですが、ポーツマス市が米独首脳会談の場所に決まると、突然捜査打ち切りを命ぜられてしまう。
しかしサムは隠れて捜査を続行する内に意外な事実を知ることになるのです。


タイトルは大西洋を挟んだ二つの大国・ドイツとアメリカを象徴していて、利害が一致した二国が密やかな盟約を結ぶことを示しているわけです。
ここでサムの行動を通して描かれるアメリカの日常は本来のイメージとはかけ離れていて、戦時中の日本・ドイツがこのような感じだったのかと思わせるほど非常に重苦しいです。
まさにアドルフ・ヒトラーナチス)のアメリカ版といった形で、権力に阿ることができない人には非常に生きづらい世の中であることが描き出されていますね。
パラレルワールド作品としては歴史が動くダイナミズムよりも、サスペンスの中でその独特の世界観を描いていると言っていいでしょう。


捜査を続けていたサムは知らず知らずの内に国家の暗部へと迫ってゆくのですが、その緊迫感とテンポの良さにはつい惹きこまれます。
終盤は思わぬ急展開の連続で目が離せない。
一歩間違えば死に至るというか、何度も危険な目に遭うサムの行動にはハラハラし通しなのですが、結局本当に大事なものを守れなくてただ虚しさが残るのみ。
一言で言えばハッピーエンドではないのですが、ここから新たなモンスターが生まれるのかと思わせるようなラストは主人公の心中を思えば当然の結果だったかもしれません。

*1:ポーツマス警察ではトップは署長ではなく保安官という