7期・18冊目 『いっぺんさん』

いっぺんさん

いっぺんさん

内容紹介<直木賞作家が描く命と友情と小さな奇跡の物語>
『花まんま』で直木賞を受賞し、ノスタルジックホラーの旗手として多くのファンを魅了する朱川湊人氏が、
ほぼ一年ぶりに刊行する待望の短編集。
いっぺんしか願いを叶えない神様を探しに友人と山に向った少年は神様を見つけることができるのか、
そして、その後友人に起きた悲しい出来事に対してとった少年の行動とは……。
感動の作品「いっぺんさん」はじめ、鳥のおみくじの手伝いをする少年と鳥使いの老人、
ヤマガラのチュンスケとの交流を描く「小さなふしぎ」、田舎に帰った作家が海岸で出会った女の因縁話「磯幽霊」など、ノスタルジーと恐怖が融和した朱川ワールド八編です。

田舎・子供時代をキーワードにした八編の短編集です。
昭和を舞台にした郷愁溢れる雰囲気を醸しだす、ちょっと怖い・悲しい・不思議な結末を迎える内容ばかり。
収録作品は以下の通り。


「いっぺんさん」
必ず一つだけ願い事を叶えてくれるという神様・いっぺんさん。
小学生の主人公と親友・しーちゃんは自転車で長い距離を駆って御参りに行く。白バイ警官になりたいというのがしーちゃんの願い事だったのだが、急な病に倒れてあっけなく短い命を終えてしまう。その後、主人公に不思議な出来事が起こる。
少年の友情もさることながら、その願いの結末としても秀逸な表題作。


「コドモノクニ」
四季にまつわる子供の失踪(神隠し的な)話。
最後の両親が離婚して一度は父親に引き取られた少女が、母親の彼氏(金持ち)のところで恵まれた生活を送るも性的虐待を受け、逃げ出して父親のアパートに帰って来たら既に再婚して新たな家族ができあがっていたので入り込めず、夜道を歩いていてところを男を声をかけられてそのまま車に乗ってしまうというのがリアルに後味悪い。


「逆井戸」
とある山奥の村には年寄りと若い女性だけの村があるという。
一人旅の気楽さと興味本位で訪れた主人公は熱烈な歓待を受けてたちまち夢中になってしまうが…。
男の性の愚かさと女性のしたたかさが如実に表れているような(笑)
もしくは大人の浦島太郎的寓話とも。


「小さなふしぎ」
父が病に倒れ、小遣いさえ満足にもらえない貧乏な暮らしをしていた少年は瓶を集めて酒屋に持っていくことで金に替え、妹弟に菓子を買い与えた。しかしそれが禁じられて落ち込んでいたところで元戦傷軍人で鳥使いの中山さんに声をかけられ仕事を手伝うことに。中山さんはヤマガラに芸をさせる鳥おみくじをしていたのだった。
珍しい鳥の霊が出てくる内容だが、怖さはなく、少年と中山さん、ヤマガラのチュンスケらのの交流が切なくも微笑ましい。


「蛇霊憑き」
歳の離れた妹が蛇に魅せられ「蛇女」を自称し荒れた生活を見せた揚句に顔を滅茶苦茶に殴られて死亡したという姉視点の物語。
一見平静に見える人の狂気ほど恐ろしいとも思える内容。


「山から来るもの」
自分が母親のバツイチ同士の恋の邪魔をしていると感じた中学生の女の子が一人田舎の祖母の元へ。
そこでは難病の子を抱えた叔父叔母夫婦がいて、かつての居心地良さは失われていた。
ある日、奇妙な麦藁帽子の男が夜道を練り歩いているのを目撃するのだが…。
実はこの世の者ならぬ存在よりも、人の歪んだ心の方が怖かったりする内容。


「磯幽霊」
北陸の海岸で主人公が会った女性は一見時代遅れのファッションで、砂浜に落ちたイヤリングを探していた。豹変した女性によって海に落とされ、危ういところを助かる。
それは過去にこの海で命を落とした磯幽霊というものだった。
はっきりと生前の姿をして会話もできるのが磯幽霊の特徴。
ただ内容的にはありふれた感があってあまり印象に残らない。


「八十八姫」
幼馴染の少女が村の伝統である八十八姫に選ばれてしまった。
それは八十八年に一度選ばれる山への嫁入りという名の人身御供であった。
絶対的なしきたりによって引き裂かれ、もう二度と彼女に逢うことは叶わない。
やがて大人になってもその想いを捨てきれない主人公が、既に廃村となった故郷の山へ彼女の面影を探しに行く最後が切ない。
初恋の憧憬とほろ苦さを究極にきわめた内容とも言える、表題作と並んで最も印象に残る作品。