5期・78冊目 『ビルマの虎―ハッピータイガー戦記』

ビルマの虎―ハッピータイガー戦記 (カドカワノベルズ)

ビルマの虎―ハッピータイガー戦記 (カドカワノベルズ)

内容(「BOOK」データベースより)
ノモンハンの激闘で小隊中ただ一人生き残った日本兵川島英雄。モンゴル人に助けられ、バートルと名前を変えた彼は、数奇な運命の果てに、史上最強と謳われた、タイガー重戦車の戦車兵となった。車体の〈福〉マークと共に、幾多の戦場で凄じい破壊力をみせつけるタイガー。日本での実用化を目指し、タイガーを輸送途中のビルマでバートル達は、劣勢に喘ぐ日本軍と出会った。敗残の日本兵を嬲り殺しにすべく待ち受ける英国戦車隊。日本軍とドイツ軍の最後の誇りをかけて、タイガーの八八ミリ砲が炸裂する。空前のリアリズムで最強の戦車の活躍を描く、傑作ウォー・シミュレーション。

ノモンハン事変の生き残りの少尉が部隊に見捨てられ、戦場を彷徨った末にモンゴルの家族に拾われてモンゴル人・バートルとして生きていこうかと思ったところで激しい独ソ戦のさなか、ソ連兵として徴兵されてしまう。
ほとんど弾除けのような無茶苦茶な戦い*1の中でドイツ兵・ハンスに出会い、後にドイツ捕虜になって殺害されそうなところをハンスに助けられ、運よくドイツの戦車隊に紛れ込み、かつての経験が生きてタイガー戦車の砲手としてハンスらととも戦場を渡り歩く。そして戦争末期、日本の要請でタイガーとともに海を渡ってビルマへと赴く。おおまかにいうとそんなあらすじです。
あとがきによると、小林源文*2による漫画『ハッピータイガー』として企画されたものを小説化したのが本書。逆さ福のおまじないをつけて独ソ戦からノルマンディー、そしてビルマまで戦場を駆け巡ったハッピータイガー*3の物語といっていいですね。


第二次世界大戦を対象にしたノンフィクションでは定評のある著者だけに架空戦記といえども手抜かりはありません。その文章からは砲声と爆発音が奏でる戦場音楽、そして硝煙や血の匂いまで漂ってきそうなほどにデテールに拘っています(それでも著者は「戦争体験者からすれば噴飯ものといえるかもしれない」と謙遜していますが)。
タイガー戦車といえばその無類の強さが有名ですが、実際はとても故障が多くてデリケートな戦車であり、整備部隊による懸命の努力が影にあったことが作品内でも念入りに描かれています。危険を冒して夜中に攪座した戦車を回収に行き、敵兵と遭遇して白兵戦になったり、過熱しやすいエンジンのために行軍中もしばしば休止をしなければならなかったり。
ただ、一旦戦場に出るとその破壊力はすさまじい。もともと高射砲に使われていた弾道が低く初速の早い88ミリ弾は当時のほとんどの敵戦車を遠距離で撃破できてしまう。その迫力は充分伝わってきます。もっとも陸戦は戦車だけでは戦えないもの。歩兵と砲、それに航空機まで一体となった戦場描写は非常にリアルティを感じました。ちなみに不勉強でタイガーにSマインという対人榴弾が搭載されていたことを初めて知りました。


また、戦場における兵士の物語としても興味深いですね。主人公は有能な射撃手であるけれど、ノモンハンの戦いを経験し味方に捨てられただけに屈折していて国家への忠誠心などというものとは無縁で、ただ生き残るためだけに必死だった。その結果、日→ソ→独と渡り歩く数奇な運命を歩んできたのですが、最後まで日本人であることを隠し、モンゴル人バートルとして貫きました。もっとも激怒すると日本語になったり軍刀を武器にしたりするなど日本人らしさを出してしまう時もありますが。
バートルが所属するSS師団にはもろヒトラーの影響を受けて人種優位論をふりかざすような士官がいると思えば、ハンスは共産主義との戦いを目標として掲げながらも、家族をイギリス空軍の空襲で殺されたために「トミーをぶっ殺す」ことを信念とする人物として描かれている。兵士の戦う理由も様々です。


最後の舞台となった1945年のビルマは日本軍が半ば組織としての戦闘を維持できなくなっていた戦場。
本来そこに存在しないはずのタイガーが「勝ったつもり」でいた英軍戦車隊を蹴散らすというカタルシスが味わえるのですが、同時に末期の日本軍の惨状が痛々しい。
落伍する兵は邪魔者扱いで置いてきぼりにされ、捕虜にならないように自決用の手榴弾を渡される。そんなざまを見たバートルの台詞に落ち目になると脆い日本軍の姿が象徴されていますね。

「捕虜になるのが恥辱なら、ではこの退却のざまはいったいなんですか!?日本軍の陣地死守や、肉弾攻撃には計算も理屈もへったくれもないけれど、それだけに敵を怯えさせるような勇敢さになることはありますが、計算も理屈もないだけに退却となるとこのざまですよ。」


「指揮官が飛行機で真っ先に逃げ出して、各部隊がてんでんばらばらに逃げ出す。強くて要領のいい奴だけが助かって、病院の患者だって歩ける奴は勝手に退却しろ。動けない奴は自決しろですよ。歩けなくなった負傷者は見殺し、遺体は道端に放りっぱなし……。敵は笑っていますよ。こんな恥辱がありますか。」

そんな中でトラックで愛人と脱出しようとした参謀を戦車砲で脅して引きずり落とし、代わりに傷病兵を乗せるくだりは一種の爽快感が味わえる場面ですね。
なんだか最後はタイガーと運命を共にした吉田軍属のモーレツ技術馬鹿っぷりが印象に残ってしまいました。

*1:地雷原の中を突撃したり、懲罰部隊として後ろから銃で狙われているさまがある

*2:本人をモデルとした人物がプロローグとエピローグに登場する

*3:ドイツ戦車なのに英語のコードネーム付けられて嫌がるハンスw