5期・74冊目 『秋の牢獄』

秋の牢獄 (角川ホラー文庫)

秋の牢獄 (角川ホラー文庫)

出版社 / 著者からの内容紹介
十一月七日、水曜日。女子大生の藍(あい)は、秋のその一日を、何度も繰り返している。毎日同じ講義、毎日同じ会話をする友人。朝になれば全てがリセットされ、再び十一月七日が始まる。彼女は何のために十一月七日を繰り返しているのか。この繰り返しの日々に終わりは訪れるのだろうか――。 まるで童話のようなモチーフと、透明感あふれる精緻な文体。心地良さに導かれて読み進んでいくと、思いもかけない物語の激流に巻き込まれ、気付いた時には一人取り残されている――。

ある日突然不思議な世界に放り込まれてしまった主人公のとまどい、そしてやがて馴染んでいく様をノスタルジックに描いた3編を収録しています。
どれも日常から非日常への心境の変化がなかなか巧妙で思わず惹きこまれてしまいますね。


「秋の牢獄」では十一月七日を延々と繰り返しその時間の束縛から逃れられないという設定。主人公の藍は街を彷徨うにうちに同じようなリプレイヤーと出会って・・・。
かつて同じように一日を繰り返すという北村薫『ターン』を読みましたが、それと大きく違うのは仲間がいることと、「北風伯爵」という不思議な存在があることですね。*1
もちろん仲間がいることは気の合う人も合わない人もいたり仲間が突然消えたり、それに関係あるのか「北風伯爵」という白き異形の存在がいたり、牢獄というほど単純ではない不思議な空(時)間に囚われてしまっているのは確かですが、果たして主人公は「北風伯爵」によって解放されるのか、それとも・・・。なんだか不思議な余韻の残る作品でした。


「神家の没落」は迷い込んだ古い屋敷で翁面の老人(センジさん)から唐突に役目を受け渡されて以来、その家から出られず全国を彷徨う羽目に。その過程でセンジさんを知る人々に出会い、家を守る者は神として敬われていることを知る。
かつて本当にあったかもしれない習慣が今は信仰を失って、システムだけが動いているといった感じですね。
屋敷の環境は悪くはなかったものの、何の覚悟も無い現代人の主人公には荷が重すぎ(あるいは退屈過ぎ)、ある日出会った男と入れ代わりに出てきます。
実はその男が妻を殺した殺人犯で、屋敷のシステムを悪用してやりたい放題やらかしていたことがわかって主人公は自己嫌悪に陥る。決着をつけるために迷い込んだ同じ日と場所に赴く主人公。
結末は、これも神の終焉かと思わせるなんとも寂しいものでした。


「幻は夜に育つ」は宗教団体の教祖である老婦人に素質を見込まれ幻術使いとして育てられた少女の話。老婦人の後継者として体のよい軟禁状態にある主人公が過去を振り返るという形式です。
少女が成長するまでに感じる軋轢、特に普通の人の幻術に対する態度は、超能力者モノの孤独に通じるものがありますね。特徴としてはそれを宗教団体の神輿に担ぎ上げようとする人がいて、囚われの身となった主人公はやがて己の中に溜め込んだ悪意をもって強烈な復讐を遂げようとするところでラストを迎えます。
全編に人間の悪意が満ちていて、3編の中ではもっとも強烈な印象を受けた作品でした。

*1:ケン・グリムウッド「リプレイ」が引き合いに出されているが、そちらは未読なので今度読んでみたい