5期・27冊目 『汝ふたたび故郷へ帰れず』

汝ふたたび故郷へ帰れず リバイバル版

汝ふたたび故郷へ帰れず リバイバル版

出版社 / 著者からの内容紹介
ボクシング小説の金字塔! 傑作中の傑作が、熱い熱い要望に応えて復刊します! 日本ミドル級ニ位のボクサー・新田駿一は、強すぎるパンチと弱小なジムが災いし、一度もタイトルに挑戦できずに二十代半ばを迎えていた。底辺の生活に倦み、将来に絶望した新田は腐りきってリングから降りる。やがて当てもなく帰った故郷の島で、新田はジムの会長の急死を知る。そしてボクサー・新田駿一が故郷の人々の誇りであったこと、死んだ会長の人生の誇りとなるべき存在であることを思い知り、負け犬のままリングを去ったおのれを恥じ、再起を決心する。二十代後半の年齢で上位ランカーに再び返り咲くのは困難をきわめた。が、新田は二度と迷うことはなかった……。文藝賞受賞の表題作ほか、小説現代新人賞受賞のデビュー作など、著者の現代小説すべてを収録。

久しぶりに飯嶋和一の作品を読みました。
以前読んで深い感銘を受けた『始祖鳥記』、『雷電本紀』のような歴史ものと違って、挫折を経験したボクサーの物語。安らぎを求めて故郷へ帰ったものの、そこは自分が知る故郷とは様変わりしていた。というのは歳月のなせるわざで仕方無いことではあるですが、そこで彼は自分を誇りとして生きてきた人々の存在を知り、再びボクシングの世界へ戻ることを決意するところからこちらまで熱くなってきます。
時代もテーマも違えど、著者は人の心の奥底にある反発心や気概というものを呼び起こす過程を描くのが巧いですね。


そしてボクシングに関する描写も秀逸。他の格闘技ならいざ知らず、小説でボクシングの試合をここまで味わうことができるとは思わなかった。ボクサーの乱れた息遣いや研ぎ澄まされた感覚まで伝わってくるようです。メインの試合だけでなく、試合前の駆け引き、衣装、そして選手が抱える恐怖や緊張感といったところまでデテールを徹底的に表現するためにリアリティを感じるんでしょうね。
安穏とした生活に満足することなくあえて苦難の道を選ぶ男の熱い生き様を描く重厚な筆致に堪能しました。


収録されているのは表題作の他、新人賞受賞作である『プロミスト・ランド』と『スペチュアル・ペイン』の二つの短編。前者はマタギの子孫の熊狩り、後者は理不尽に引き裂かれた馬と少年、と動物がテーマになっています。短いながらも濃密な自然の息吹と登場人物の想いが存分に伝わってくる内容でした。