5期・23冊目 『王妃の離婚』

王妃の離婚

王妃の離婚

内容(「BOOK」データベースより)
15世紀末フランス。時の権力者ルイ12世の離婚申し立てに、王妃ジャンヌ・ドゥ・フランスは徹底抗戦の構えを示す。弁護側証人までがルイ側に寝返る汚い裁判。ジャンヌの父、悪名高い暴君ルイ11世に人生の奈落に突き落とされる苦い過去を持つフランソワだったが、裁判のあまりの不正ぶりへの怒りと、王妃の必死の願いに動かされ、遂には長い長い逡巡を振り切り、王妃の弁護人を受け入れる。崖っぷちからの胸のすく大反撃!法廷サスペンスの書下ろし傑作巨編。

イギリスとの百年戦争を経て欧州の大国としての安定期に入ったフランス。その一国の王がその王妃との離婚を実行するのにわざわざ裁判に訴えるというのが日本人としてはちょっと信じられないかもしれないです。しかしこの頃のヨーロッパでは、キリスト教(法王)の権威の大きく、神の名のもとで交わした結婚という契約を王と言えども軽々しく破れないという前提があることは何度か触れられていますね。そもそも司法権は教会が司り、法曹関係者は同時に聖職者でもあると。*1
なので一方的な理由による離婚はそう簡単にはできないものだけど、それはそれで手立てはあって、例えば様々な理由(実は近親婚だったとか、不和により夫婦生活が無かったとか)を挙げて、結婚そのものを無かったことにすれば良いというわけ。そこを滔々と証拠を並び立て時には弁護側の証人さえ買収して結婚の実態が無かったと述べ立てる原告側、そう簡単に認められない被告の王妃・ジャンヌは孤独な戦いを強いられる。


検察側の圧倒的有利で始まった裁判が描かれる序盤あたりまでは重苦しいというか堅苦しささえ感じられて、これは読みづらい内容だなと思ったのですけど、主人公・フランソワが葛藤の末に王妃の弁護人を受けるあたりからガラッと流れが変わりましたね。
結論が見え見えの退屈だった裁判を、かつて伝説の学生としての名を馳せた弁護士・フランソワの鮮やかな手腕によって本来の弁舌による駆け引きの場と変えました。そのあたりの展開はさすがとも言えましょう。
まぁ元が男女のもつれを扱っているだけに王と王妃といえども例外ではなく、やったかやらないかなどと下世話かつ露骨な表現がぽんぽん飛び出してくるのは笑ってしまいますが。裁判では公式にはラテン語で表記され、フランス語なら何も言っても記録に残らないという建前を逆にとって公の場で弁護士が本音をぽろりとつぶやいてしまったり、聴衆が答弁に応じて野次をとばしたりと一般的な裁判とはまったく違う印象が意外でもありましたね。


また人物像をはっきり書け分けたり、人物の情感を時にはねちっこいほど深く描くののが著者の特徴でもあります。
当初フランソワにとって、過去のいきさつがあって一方的に憎んでいた王妃・ジャンヌの存在。それがかつての愛人・ベリンダを介して思わぬ結びつきがあって、弁護を受けたのも偶然ではなかったと知る。裁判が進むにつれ、頑なで無表情だった王妃の印象がフランソワを通して聡明で愛らしく変わってしまうのが不思議。
辣腕弁護士によって一方的になるかと思われた裁判の行方も二転三転あって飽きさせないし、男女にとって結婚とはなにかと考えさせられる豊富な示唆を含む作品でしたね。

*1:主人公はパリの大学を中退後、弁護士の職業を得ているが、第一人称は「拙僧」と書かれている