9期・82冊目 『英国太平記』

英国太平記 (講談社文庫)

英国太平記 (講談社文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
「栄光のためでなく、富のためでなく、名誉のためでもない。ただ自由のためにのみ我々は戦う」。のちにアメリカ独立、フランス革命の礎となったその宣言は、隣の強国イングランドに迫害されながらも粘り強く戦いぬいたスコットランドの名もなき人々の魂の叫びだった。中世英国を描ききった一大歴史叙事詩

一般的に日本ではイギリス(英国)と呼ばれている欧州の島国。
欧州の中でも特に知名度が高く、親しみやすい国ではありますが、日本と関わるようになる近代以前の歴史は意外と知りません。
ブリテン島における北のスコットランドと南のイングランドは長い間別々の国でしたが、ちょうど13世紀から14世紀にかけて日本は南北朝に分かれて戦乱と束の間の和平を繰り返したように、同じ時期に南北で長らく戦いがあったそうです。
それを日本の有名な戦記物にかけて中世英国史として描いたのがこの作品となります。


13世紀末期、スコットランド王アレグザンダー3世およびその後を継いだマーガレットが相次いで急死すると、国内は誰を王として戴くか騒然となります。
13人の王位請求者が乱立する事態となるのですが、そこにフランス征服の野望を胸に抱き、その足掛かりとしてスコットランドの支配を目論むイングランドエドワード一世が登場。
仲介の労を取るという名目で御しやすいジョン・ベイリャルを王位につけて恩を売った形でイングランドに臣従させることに成功。
しかしフランス遠征の兵力供出を始めスコットランドを植民地として厳しい収奪を行ったことで反乱を生んでしまいます。
最初は楽観視していたエドワード一世も、ウィリアム・ウォレスをリーダーとするゲリラ活動が活発になって、蜂起が広まると捨てておくわけにいかず、何度か遠征することになります。
いくつかの戦いを経て最終的にウォレスは捕まって極刑に処せられ、イングランドによる併呑が成ったかに見えたのですが、その支配の過酷さ・残虐さが逆にスコットランド国民の反発を生み、後に王になるロバート・ブルースの挙兵に繋がっていくというのが途中までのあらすじです。


前半はエドワード一世、後半はロバート・ブルース。
この二人の英雄譚・・・と言い切ってしまうのはちょっと無理があるでしょうか。
当時世界でも最高水準に達していた強力無比なイングランド軍を率いてスコットランドに勝利し屈服させることに成功、そしてたびたびドーバー海峡を越えて大陸に元々あった領土を足掛かりにフランス侵攻を押し進めたエドワード一世は軍事的には有能だったようですが、内政能力は足りなかったようで。途中からは遠征するたびに足を引っ張られて満足な成果を出すに至りません。
ロバート・ブルースにしても若い頃はエドワード一世に従っていたが、反イングランド情勢に流された挙句に国内のライバルとの喧嘩の末に相手を殺してしまって引っ込みがつかなくなり、挙兵と即位に至るも支持基盤は脆弱でいきなり敗北。
妻子は人質に取られるわ、一人で逃げ回ることになるわと最初は苦労を重ねたようです。
その分友人や部下、そして運にも恵まれて、最終的にスコットランド支配とイングランドに対する優位を成し遂げるのですが。
まぁそのグダグダしたさまがいかにも人間臭くて面白いとも言えるわけです。


多数の登場人物、同じ名前(エドワードやらジョンやらイザベラが複数出てくる)どころか同姓同名までいて混乱してくるのが歴史ものにありがちなことですが、背景の説明が簡潔かつわかりやすくて、外国史としては読みやすかったですね。
ところどころに地図が入り、戦いの様子も図入りでイメージが湧きやすいです。
国力に劣るスコットランド側は焦土作戦をとったこともあって、戦争中は長らく国土が荒らされて国民は苦しみにあえぎます。
それに加えて敵の領地を占領すると略奪・虐殺・強姦は当たり前に行われたという。
現代の目からすればやり過ぎというか、そこまで憎しみあうことが受け入れがたいものです。
まぁ日本もかつては東国を蝦夷扱いしていたし、国家の概念ができる前の中世ではどこもそんなものだったのかもしれません。
イングランドスコットランドの間柄も(後に同じ国民になるとはいえ)当時は民族の成り立ちも言語も違う部分があって、まったくの外国という認識に近かったせいみたいですね。
名前に関することなど薀蓄もあったり、国としての成り立ちに関する部分にも触れることができたのが新鮮でした。