2期・64,65冊目 『青雲はるかに(上、下)』

青雲はるかに〈上〉 (新潮文庫)

青雲はるかに〈上〉 (新潮文庫)

青雲はるかに 下巻

青雲はるかに 下巻

出版社/著者からの内容紹介
中国・戦国時代後期、貧しい一学徒から秦の宰相にまでのぼりつめた范雎。大望と宿敵への復讐の念、そして運命の女性の面影を胸に邁進した乱世の俊傑、范雎の生涯を雄大に描く。

今まで読んだ宮城谷昌光作品は春秋時代ものが多かったのですが、今回いっきに戦国時代も終りに近い頃を舞台にした本作を選んだのは、タイトル買いと「戦国を終りに導いた」という煽り文句に惹かれたというのが大きいです。
実際はちょっと大袈裟ではあるのですが、強大な武力を持ちつつも内部的な原因で飛躍できなかった秦に有名な「遠交近攻策」を授けて戦略性を持たせた点と、その後の始皇帝へと繋がる覇業の道筋を付けた功績から、あながち外れではないようです。
ただ惜しかったのは名将・白起を始めとして武官の制御ができなかった点。どのみち秦の宰相となってからの描写は駆け足気味で、状況が不明な点が多いので、どう評価するかは難しいですが。


何よりこの作品の見どころは、史記においては簡単な記述しかない范雎(はんしょ)の人生、そこで主に書かれた恩讐と立身に至るまでを、架空の美女達や利害を超えた絆を持つ友人といった人間関係によって、不遇の時代を彩りある展開として描ききったことでしょう。*1


復讐を人生の目的とした場合、どうしても陰に篭もりがちです。そこを恋愛要素と何度も訪れる挫折にくじけない強い志*2と高潔な人間性に重点を置いているので、范雎という人間の清らかさに触れることができ、わりと気持ちよく読めました。
やがて宰相となって、かつての主人に対面するくだりは痛快です。それにしても、みすぼらしい衣服の范雎に同情を示して絹の着物を与えたことにより、後に立場が逆転して対面した時に命だけは助けたという出来事は、どこかで読んだ憶えがあるんですよね。もしかして「三顧の礼」のように日本の伝記創作に引用されているのかもしれません。


ちなみにタイトルの青雲ですが、あらすじを読むかぎりは以下の2と取ったのですが、読み終わってから思うと1と2の両方を掛け合わせている気がしないでもないです。

せい‐うん【青雲】
1 青みがかった雲。また、よく晴れた高い空。青空。
2 地位や学徳の高いことのたとえ。
3 俗世間を離れ、超然としていることのたとえ。

*1:解説にも秦における史実に創作部分を上手く連結させたとの評があります

*2:著者あとがきより、「『為すことを有らんとする者は、譬えれば井を掘るがごとし。井を掘ること九軔なるも、泉におよばずしてやむれば、なお井を棄つとなす(孟子)』・・・井戸を掘って水を得ようとする者がいたとする。その者は地を掘り下げること九軔(じん)に達した。どころが水は出ない。これほど努力したのだからと自分に言い聞かせ、深さに満足して、掘り下げることをやめてしまえば、井戸を棄てることになる。(中略)そのおもいが范雎の人格を育て、言動に迫力を与えたのであろう。」