穂波了 『月の落とし子』

各国共同の宇宙プロジェクトにて月の裏側に着陸した探査機でしたが、クレーターに向かった乗組員が謎の出血を起こして急死してしまいます。
母船にいて生き残った日本人・工藤晃とロシア人女性・エヴァは仲間の遺体を確保して、地球への帰還を試みます。
しかし、途中でエヴァも同じ症状が出てしまい死亡。たった一人生き残った晃は着陸を許可された日本を目指すのですが……。未知のウイルスによって次々と乗組員が急死したとあって、日本政府が下した決断はミサイルによる撃墜。
しかし、完全に撃破することができず、機体の大部分が残ったまま、船橋市内のマンションに落下してしまうのでした。
多数の死傷者が出たことにより、自衛隊や救急隊が駆けつけます。しかし、致死率の高いウイルス(発見したクレーターの名前を取ってシャクルトン・ウイルスと命名)の感染者が出てしまいました。
政府は感染拡大を阻止するために船橋市は封鎖を決断。現場にいた救助隊含めて市外には出られなくなります。逃げだそうとした者は威嚇射撃するなど、誰一人の例外を許さない断固とした措置でした。
その中には兄のもとへ駆けつけた晃の妹・茉由(JAXA職員)、ウイルスの研究者で茉由に同行した深田もいました。
深田は現地で感染者が次々と亡くなっていく壮絶な光景を目にしながら、ウイルスへの対抗手段を模索するのでした。


本書が刊行されたのが2021年ですから、当然新型コロナの流行は意識されているようですね。
ましてや、出血を伴うエボラに似た致死率の高い未知のウイルス。対処方法などすぐに見つからないとなればパニックも当然です。
誰しも感染を怖れるわけで、船橋市内の完全封鎖に対して、市外の人々は賛意を示すのです。
さらに終盤に政府はウイルスに効くとされる劇薬の散布を強行しようとします。現実にはそこまで断固とした手段は取れないと思いますけど。
深田と茉由の二人を中心として、封鎖内に残された人々の様子が描かれていきます。
絶望的な状況をどうやって切り開いていくか。緊迫感がありました。
ただ、前半は探査機落下を含む緻密な描写が良かったのですが、後半に入ってからはテンポが良くないというか、少し退屈に感じてしまいました。
前半は非現実的な光景が連続しているのにも関わらず惹きつけられたのですけどね。後半の深田から視点は展開を急ぎ過ぎたのか、今一つ伝わりにくかったような気がします。