12期・28冊目 『家鳴り』

家鳴り (集英社文庫)

家鳴り (集英社文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

妻が際限なく太っていく―。失業中の健志を尻目に、趣味で始めた手芸が世間の注目を集め、人気アーティストとなった治美。夫婦の関係が微妙に変化するなか、ストレスとプレッシャーで弱った妻のために健志が作り始めた料理は、次第に手が込み、その量を増やして…(「家鳴り」)。些細な出来事をきっかけに、突如として膨れ上がる暴力と恐怖を描いたホラー短篇集。表題作を含む7篇を収録。

本来はホラーを意図していないのかもしれないけど、結果的に人間の心の持つ怖さや脆さを炙り出し、恐怖や切なさを読む者に感じてさせてしまう珠玉の七編。
一話一話は一気に読んでしまうほどに惹きこまれるのですが、ほとんどが現代日本が抱える重いテーマでずっしりくるような、短編なのに読み応えを感じますね。


「幻の穀物危機」
ペンションが並ぶ別荘地(長野か山梨の関東寄りと思われる)でベーカリーを営む一家。彼らと同じように都会から引っ越していたグループの中に、将来訪れる穀物危機に備えて今から農作を始めておかなければならないと盲信する男がいた。
ある日突然、東京西部に巨大地震が発生。別荘地では家財が破損する程度で家が崩壊するほどではなかった。
しかし、巨大災害に見舞われた都内では火災を防ぐためにも電気の供給が止められる等インフラが崩壊。
一転して食料危機に陥り、真夏のコンクリートジャングルを脱出した多数の人々は田舎へと向かう。
生き残りにかける人々が理性を失い、食べ物のために殺し合うさまを描いたパニック小説。
戦中戦後の頃と同様に食糧危機の際に強みを発揮するのは生産する農家であるという男の主張は正しかったのか?
飢餓に陥った人間が集団で野生動物並みの行動を取った場合は抗しようがないことを存分に知らされる作品。惨劇そのものよりも、人間模様の変わりざまが非常にリアルに迫ってくる。これが一地域ではなく全国規模で起こったらと思うと恐ろしい。


「やどかり」
一時的な腰掛けで教育センターで相談員を務めていたエリートの若い男性。
父は女と出ていき、母は育児放棄。幼い妹弟の面倒を見ているために成績が壊滅的な女子中学生と関わってしまい、一時的な同情がやがて破滅への道を進んでいく話。
一見善行に見えて、自分本位な感情に揺さぶられた主人公は愚かとしか言えないけど、彼がだんだん追い詰められていく過程が恐ろしい。
女子中学生は計算ずくだったのか。単にドラマのヒロイン的な衝動で動いただけなのかとちょっとした謎が残る。


「操作手」
痴呆が進んで家族の顔さえわからなくなってしまった老母。
女性のヘルパーが来ると、亡き夫を奪われると勘違いしてヒステリーを起こしてしまう。そこで勤め先の会社が開発して試験運用中の介護ロボットを貸し出してもらった。
始めこそ嫌がっていたように思えたが、次第に慣れていったかに思えて…。
介護する側の家族は仕事との両立が大変な割には心が削られる様がよく描かれているし、一方で介護される側のもどかしい心理も伝わってきて、本当に切なくなる。
そこに現れた介護ロボットの存在が波紋を投げかける。
もしもロボットが感情を持つとしたら、接する人間側の事情によるのかもしれない。


「春の便り」
外国在住の娘に住んでいた家と家財道具、それに長らく一緒に暮らしていた犬さえも処分され、わずかな身の回りの物だけを手に入院してきた老女。
彼女は外を歩き回れるはずがないのに、やけに外の様子に詳しくて…。
目撃してしまった人にはホラーかもしれないけど、この中では唯一ホッとさせられる作品。
暖かく見守る語り手もいい。


「家鳴り」
失業してしまった夫の代わりに趣味のパッチワークが評判となって大金を稼ぐようになった妻。
夫婦を支えていた愛犬の死後、喪失感のあまりに食欲がおかしくなり、普通の食事を摂らずに真夜中にジャンクフードを食べるのみ。
料理のできない夫であったが、ある日見かねてインスタントラーメンを作ってあげたら、非常に喜んで食べてくれた。
その日から妻のために料理を覚えて食べてもらうことが生きがいがとなっていくが、どうしても油っぽいものが中心となり、家に引き籠ったままの妻はぶくぶくと太っていって…。
これって、一見すると仕事で稼げなくなった夫が妻のために献身する話に見えて、実は夫婦心中へとひた走っていっているとしか見えない。夫を時間かけて殺すために塩分の量を増やしていった妻の話とは似て非なるけど、結果的にそうなってしまったというか。
決して読後感が良くはないものの、このような偏執的な夫婦の形を描けることがすごいとしか思いようがない。


水球
高卒ながらモーレツ社員として中堅証券会社の幹部まで出世した男が重体に陥った母親を持ちつつ、不倫とリストラに揺れる話。
全てを失う結末も含めて、ありきたりかもしれないけれど、水球の中の魚や母親のことなど、微妙に救いがあるのが一風変わっているかもしれない。


「青らむ空のうつろのなかに」
自然回帰のような特殊な信条をもって、問題のある子供たちを集めて共同生活を送らせる農場が舞台。
そこに実の母によるネグレクトにより心を閉ざした少年が連れて来られる。
しかし、母親の暴力を連想させるかのか、女性は近づけずに畜産部長を務めていた男性が指導を試みる。
いつまで経っても農場に馴染めなかった少年が初めて心を通わせたのは生まれたばかりの子豚たち。
やがて少年は「豚の王」と呼ばれるほどに豚と慣れ親しみ、コミュニケーションを取るまでに至るが、やがて出荷の時が近づいて…。
家庭にも農場にも身の置き場が無く、結局誰にも理解されなかった少年が不憫すぎる。*1
もっとも、障碍児とは違って知能は高かったが、やはり現代では受け入れがたい特殊な性質であったとしか思えなかった。
悲惨な家庭環境が彼をそうさせたのか、異能を持っていたから生まれながらに人とは相いれない印象を持ってしまったのか。ちょっと気になったところ。

*1:両親が放り出した後に、唯一農場の男性だけは諦めようとはしなかったが、それは仕事でもあったし