10期・25冊目 『ブルータワー』

ブルータワー (文春文庫)

ブルータワー (文春文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
悪性の脳腫瘍で死を宣告された男の意識が、突然200年後にタイムスリップする。そこは黄魔という死亡率87%のウイルスが猛威を振るう、外に出ることは死を意味する世界。人類は「塔」の中で完全な階級社会を形成して暮らしていた。その絶望的な世界に希望を見出すため、男は闘いを決意する!長編SFファンタジー

悪性の脳腫瘍に冒されて余命1年を切った主人公・瀬野周司。たびたび強い頭痛に襲われ、体力は衰えて車椅子無しでは行動できず、薬の副作用で頭髪も抜けてしまう。
妻の美紀は義務的に看護をしてくれるものの、すでに夫婦としての心は離れていました。
そんな中で新人時代から面倒をみていた部下(武井利奈)がいまだに好意を寄せてくれていたのが救い。
ある日激しい頭痛に襲われて気を失い、気づくとまったく違う世界の住人であるセノ・シューになっていたことに気づきます。
脳腫瘍に冒された体ではなく健康体であることに喜ぶもつかの間、腕時計を模したパーソナル端末であるライブラリアン*1によって、そこは200年後の世界で、黄魔という死亡率87%のウイルスが猛威を振るい、外に出ることは死を意味する世界であることを知ります。
そして主人公が乗り移ったのは青の塔と呼ばれる社会で最上層の三十人委員(政治家)の一人。塔の中では住む階層によって厳格な階級社会が構成されており、その大きすぎる格差が激しい上下対立を生み出しているのでした。


意識を失うほどの激しい頭痛のたびに現実と200年後の世界を行き来するという意識だけのタイムスリップもの。
もといた平和な世界とは程遠い荒廃した未来ですが、本人だけでなく妻や友人までもそっくり(行動も近い)な人物が周囲にいるということで、ある種のパラレルワールドとも言えるかもしれない。
一部の特権階級を除けば幼い少年少女が戦火や黄魔によって死んでゆく様を見ている内に病魔に冒され余命いくばくもない現実よりも、荒廃した未来を支配する絶望を希望へと変える戦いに身を投げ出すようになってゆくのです。
200年前から意識が乗り移ったことで周囲からは別人のようになったという印象を受けますが、かえって弱き者を救うなど人として当たり前の行動を取ることで味方を得てゆく。
その結果、逆に今まで所属していた塔の上層部とは敵対することになり、主人公の暮らしている青の塔も内戦が激化して急速に危機に瀕してゆく中で世界を救うことができるかという緊迫した展開が待っています。


重苦しい現実に比較して未来の章ではテンポよく進みます。
ただその分、せっかくの世界観に慣れるよりも早い展開に流されてしまった感がありました。
時空を超えて行き来する主人公が最終的に黄魔を打ち倒す鍵を握るというのは予測できるのですが、未来の世界で伝説の救世主扱いになるあたりはちょっと安易だったかな。
そういう意味では本格SFのように思えて実はファンタジーというか少年漫画風だったのはちょっと予想外でした。
物語としては読みやすく最後もうまくまとまっているとは思いますが、やや物足りなさはありました。

*1:元の世界での飼い猫ココがAIの人格となっている