11期・64冊目 『月蝕楽園』

月蝕楽園

月蝕楽園

内容(「BOOK」データベースより)

事務用品の製造販売会社に勤める私は、入院している部下の見舞いに行く。心に、ある不安を抱えながら…「みつばち心中」夫の一言が、私のなかの思ってもみなかった欲求を呼び起こした…「噛む金魚」など、深く激しい、熱く切ない愛のかたちを濃密に描いた5編を収録。直木賞作家が描く究極の愛。至上の恋愛小説集。

「至上の恋愛小説集」と銘打っていますが、甘く切ない恋愛ストーリーとは一線を画したさまざまな愛の形、それもマイノリティと言ってもよく、ほぼハッピーエンドではなく辛く悲しい結末が待っています。
決して公にできない異色のものであり、理解しにくくはあるのですが、激しく身を焦がすほどの愛情はよく伝わってくるものばかりでした。


「みつばち心中」
は恋愛にまったく興味がなく、独身を貫いたまま会社でお局と言われる年齢に達した主人公が飲み会で潰れた後輩の若い女性を仕方なく自分のアパートに泊めた際に自身がある嗜好の持ち主であることを知ってしまう。
しかし、彼女は突然体調を崩して入院。若い身空で癌によって余命いくばくも無い命であった。
体の部分フェチはわかりますが、それが不特定多数ではなく、特定の女性の手だけというのが特殊であり、そこから一種の恋愛に発展するというストーリー。変態的でありながら純粋でもあって、妙に惹きこまれます。
最後は表面上は爽やかなんですけど…。絶対周りに理解されない二人だけの世界のまま見事に完結しましたねぇ。


「噛む金魚」
男性恐怖症の気があるのか、女性に囲まれた環境で過ごした主人公はろくに恋愛経験の無いまま歯科医に見初められて結婚。しかし新婚旅行での初夜に失敗したまま夫婦間の交渉は途絶え、家では趣味に没頭する夫。
裕福で周囲からは羨ましがられる夫婦を演じながらも、妻として満たされないまま年月を経た主人公が40歳を迎え、このままではいけないと最初で最後のセックスを求めて出会い系サイトに登録してみるが…。
ありがちなサスペンス風の内容ですが、その分リアリティがあってゾっとさせられる結末。
夫と妻、どちらにも同情の余地と同時に批判すべき点はありますが、初めの歯車さえもう少しまともに噛み合えば幸せな夫婦生活があったのかもしれないのにと、なんとも言えない気持ちにさせられましたね。


「夢見た蜥蜴」
妙に人間くさい雌の蜥蜴視点による、大事に育てられている大型蜥蜴と愛情を注いでいる飼い主の話。
と思いきや、とんでもない事情が明かされます。
たまに実の子を虐待で殺してしまう親の話がニュースになりますが、それを発展させるとこういうストーリーもできあがるのでしょうか。
その後が妙に気になりますね。


「眠れない猿」
親に虐待された影響か、成長に阻害あって頭も体格も人より劣り、子供のころから顔が猿に似ているといじめられてきた。工場での単純作業が性格に合っていて、地味にひっそりと生きていたが、ある出会いによって人生が変わったという、ある男の告白。
一番まともそうな恋愛で、一番感情移入しやすいのに、もっとも残酷な結末が待っていたというのが辛い。
彼には死こそが救済なんだろうなぁと思ってしまいます。


「孔雀墜落」
性同一障害であった弟と、8年におよぶ不倫生活のまま30代を迎えてしまった姉。
その存在を話には聞いていても、実際に身内に存在したらやっぱり受け入れがたい。だけどたった二人だけの姉弟の絆はそれを乗り越えていったが・・・。
丹念に姉の心情が綴られていた割には最後が唐突すぎて、「えっ!?」と思えてしまったのは事実。
ただ、本当に最後は女性として美しく見えたのだろうと。それだけに目を付けられてしまったのだとしたら皮肉すぎる結末です。