9期・45冊目 『痩せゆく男』

痩せゆく男 (文春文庫)

痩せゆく男 (文春文庫)

主人公はやり手の弁護士ウィリアム・ハリック。
ある日スーパーマーケットの駐車場で車の影から飛び出してきたジプシーの老婆をはねて死なせてしまう。
街のエリート同士の馴れ合い裁判で罪に問われずに出てきたところをジプシーの老人に「痩せてゆく」と触られて以来、今まで通りの食事を摂っていても日に日に体重が減ってゆくのです。
もともとハリックは結構な肥満体で、かつて痩せようと試みるも挫折してしまった過去があるだけに最初は喜んでいたのですが、理由がわからないまま減ってゆく体重に不安をいだきます。
癌の疑いを抱いて医者に相談したり、検査を受けてみるも特に異常は見られず。
どうしてもあの事故と老人に触られた事が頭から離れないハリックは事故に関連した担当判事と警察署長を訪ねてみるのですが、担当判事は体中に鱗が、署長は全身に吹き出物に覆われる奇病に冒され、人前に出ることができなくなっていたのです。
そうしてジプシーの呪いを確信し、自分は痩せこけて死ぬ恐怖に怯えたハリックは張本人の老人を探す旅に出るのですが…。


章のタイトルで体重が記されているので経過がいやでもわかってしまうのですが、アメリカで使われる単位(ポンド)なのですぐピンと来ないのですね。
まぁ1kg=0.45ポンドとして、頭の中で半分弱と換算すればいいのですけど。
物語当初のハリックの体重は249ポンド(約112kg)、身長は6.2フィート(186cm)。
アメリカの代表的な肥満男性で普段の食事も相当なカロリーを摂っているのに、物語が進むにつれて否応無く「痩せてゆく」さまがキング得意の細やかな心理描写で展開されます。*1
法廷で立ち上がった途端、ズボンがストンと落ちてしまうくだりは笑える程度なのですが、何も原因がわからぬまま体重減少が止まらぬのは恐怖でしかありません。
恵まれたエリート弁護士だったハリックが悩める痩身の男になってゆくに応じて、当然周囲の視線も変わり、彼の属していた世界の醜さやそれに対する憎しみが噴出していくさまがおどろおどろしい。
物語の当初は良好だった夫婦仲も、事故の原因の一端が妻にあったため、表面上は取り繕っていてもハリックのどろどろした感情が抑えきれないのか、やはりぎくしゃくしてしまいます。
既知の病気ならともかく、こういった対処がわからない症状に夫婦で立ち向かうのは難しいのでしょうね。


そんなハリックの心の支えが娘のリンダであり、新人の頃に縁ができたギャングの友人・ジネリ。
遂にジプシーの集団に追いつくも説得が失敗に終わり、やせ過ぎにより体調に不調をきたしたハリックに代わり、ジネリがジプシー集団を恐怖と混乱に追いつめてゆく展開はまた別の意味で読み応えありました。
そしてついに呪いが解かれたかと思いきや、最後にどんでん返しが待っていて、思わぬ結末に戦慄を覚えたものです。
単純なストーリーかと思わせておいて、最後まで油断できない展開はさすがと言えますね。

*1:リチャード・パックマン名義で一連の作品を発表していたのがこれでスティーヴン・キングだとばれてしまったらしい