貫井徳郎 『光と影の誘惑』

銀行の現金輸送車を襲い、一億円を手に入れろ――。銀行マンの西村は、競馬場で出会った男とすぐに意気投合した。ギャンブルに入れ込む自分を非難する妻から逃げたい。ひと旗あげたい。鬱屈するような日常に辟易した二人の男たちが巧妙に仕組んだ、輸送車からの現金強奪計画。すべてはうまくいくかのようにみえたのだが……。男たちの暗い野望が招いた悲劇を描いた表題作ほか、平和な家庭を突如襲った児童誘拐事件、動物園での密室殺人、ある家族が隠し続けた秘密など、名手が鮮やかなストーリーテリングで魅せる、珠玉の傑作中編ミステリ4編。

「長く孤独な誘拐」
不動産会社に勤める森脇の息子が誘拐された。犯人からの電話による脅迫とは、ある夫婦の子どもを誘拐しろ、という驚くべきもの。自分の手を汚さずに誘拐させようという犯人に憤慨ものの、従わなければ息子の命はないと脅された森脇は仕方なく夫婦で標的の子供を拉致しようと企てた。

誘拐事件の裏には卑劣な陰謀が隠されていたわけで、最後まで気になって目が離せない緊迫感が漂う内容でした。切ない結末です。


「二十四羽の目撃者」
うって変わってアメリカが舞台。ある男性が動物園で亡くなったということで、生命保険会社に勤める主人公が保険金目当ての犯行がないか確認するよう指示を受ける。現場は動物舎の間の通路で、犯行時は両側に複数の人がいた。凶器はピストルで頭部を撃ち抜かれていたが指紋は残ってなく、犯人も目撃されていない。

状況的に密室となった上に目撃していたのは動物しかいないというミステリでした。トリックがわからなくて、最後にそうくるかと驚かされました。

「光と影の誘惑」
競馬場で銀行員の西村という男が、競馬でスって安酒場に入ったら小林という男と知り合い意気投合。小林はある野望を抱いていて、なんとしても西村の知遇を得たかった。西村を唆して彼の勤める銀行の現金輸送を襲い、大金を奪ってしまう計画する。それは、巧くいくかのように思えたが…。

金は人を変えるものですが、現金強奪が成功した2人も例にもれず争うようになってしまいます。果たして仲間割れの結末は? 叙述トリックが巧みで、見事に騙されてしまいました。

「我が母の教えたまいし歌」
父を失った、大学生の「僕」は久しぶりに帰省する。葬儀の最中、父の昔の知り合いという男性から意外な事実を聞かされる。「僕」には姉がいたというのだが、母はなぜそのことを黙っていたのか? どうしても気になって仕方ない「僕」が過去を探っていくことに。

ある家族の衝撃的な秘密が明らかになるという作品です。姉の年齢と母の印象によって、なんとなく予想はつきました。しかし、いざ本人の立場になると、なんともいえない複雑な心境でしょうねぇ。まさに知らない方が良かった真実でしょう。


それぞれに趣向を凝らした、読み応えある中編4編です。どんでん返しというほどではないのですが、気が付けば惹き込まれてしまい、読み終えて思わず唸ってしまうほどの質の高い作品ばかりでした。