12期・20冊目 『フレームシフト』

フレームシフト (ハヤカワ文庫SF)

フレームシフト (ハヤカワ文庫SF)

フレームシフト突然変異とは、塩基の欠失または挿入が起こり、三つ組みの読み枠がずれた時に生じる突然変異である。
wikipedia:フレームシフト突然変異


フランス系カナダ人の遺伝子学研究者ピエールは恋人モリーと大学から帰宅途中にいきなりネオナチの若者にナイフで襲われてしまいます。
揉み合った拍子に若者は自分のナイフで腹を刺してしまって死亡。
単なる無差別犯行と思いきや、わざわざピエールが帰るところを待ち伏せしての犯行らしかったのですが、ピエールには自分が殺害される理由など思いつきません。
わざわざ殺害などせずとも、実の父親からハンチントン病の遺伝子を受け継いでおり、長くは生きられないことを承知していたのでしたから。


そこで物語はいったん第二次世界大戦時、ナチスユダヤ人収容所に移り、そこで看守役として横暴を奮っていた恐怖のイヴァンという人物に焦点が当たります。
かなり残虐な手口でユダヤ人たちをいたぶり殺していたイヴァンは戦後、名前を変えてアメリカで働いていたところを捕まります。
収容所から脱走したユダヤ人の子が後に連邦捜査官となり、彼の視点でイヴァンが戦争犯罪者として裁きを受ける場面が描かれるのですが、土壇場で同名でよく似ているだけの別人と判明。
それでは、本物の恐怖のイヴァンはいったいどこに消えてしまったのか?


久しぶりに読んだソウヤーの著作はヒトゲノムをテーマにして、他人の意識が読める恋人モリー(後に結婚)の突然変異した遺伝子構造の謎を始めとしてピエールが以前から取り組んでいた研究を主軸にしながら、ナチスの亡霊が蘇ったかのようなネオナチの陰謀が渦巻いて、SFとミステリが融合した複雑な様相を見せます。
正直、ヒトゲノムの解析部分は読んでいてあまり理解はできませんでした。そこはある程度専門知識がある人の方がいかに画期的な発見なのか具体的に理解できるのでしょうね。
そういった部分を抜きにしても、進行してゆくハンチントン病の病状と死の恐怖に怯えながらも研究を重ね、巨大な敵に立ち向かうピエールの雄姿には心打たれます。
同時にある老教授の狂気のために話すことが困難になってしまった娘に対して愛情を注ぐピエールとモリー夫妻の家族愛にも。
終盤の「ハンチントン病がすべて悪い」は傑作でした。
一方でナチスの亡霊、利益にために陰謀をたくらむ大企業という悪役像が定番すぎるかなぁと思ったり。
業界にとって不利益な法律が施行されないようにロビー活動を行うのはよくわかるにしても、利益のために殺し屋を雇って重篤な遺伝子障害を持つ者を次から次へと殺してまわるのは、やっぱり荒唐無稽にしか考えられなかったりしました。
そのへんははっきりした勧善懲悪を好むお国柄もあるのでしょうか。
いずれにせよ、物語が進むほどに展開も加速していき、ページをめくる手がもどかしくなるほど夢中になれた作品であったのは確かです。