12期・21冊目 『昼は雲の柱』

昼は雲の柱

昼は雲の柱

内容紹介

石黒耀が放つクライシスノベル第3弾! 富士山地下で、怪しげな低周波地震が頻発。そしてついに噴火の日を迎えてしまう。被災地となる御殿場市を、そしてそこに関わる人々を救うことは出来るのか?!

『死都日本』で鮮烈なデビューを飾った石黒耀の今度は富士山の山体崩落を伴う破局的噴火をテーマにした大作ということで期待して読んでみました。
富士山の麓に広がる御殿場市自衛隊演習場にほど近いあたりに大規模レジャー施設「富士ランド」を建設最中の富成建設。
そこで地中から不思議な塚が見つかったことで、富成社長は小学校以来の同級生である東駿河大学の火山研究者・山野を招いて調べてもらうことになったのが冒頭のシーン。
富成としては、工事を進めるため、考古学的に価値が無い比較的新しい年代であることを期待していたのですが、山野の見立てではなんと縄文時代に遡る貴重な遺跡であることは確か。そのまま塚の中に入っていくと、完全に保管されたミイラが宙に浮いて…。


貴重な遺跡の発見を前にして、しかるべき機関に報告しろとの山野の主張を斥けて建設工事を強行してしまう富成。
そんな父を前にして何もできない富成亮輔ですが、山野から火山が密接に関わった日本神話解釈を聞いて、たちまちその魅力の虜になってしまいます。彼としては、歴史マニアである山野の娘・真紀とも親しくしたい気もあったのですが、最初の出会い(遺跡発見時)が悪かっただけに、なかなか距離を縮めることができなかったのでした。
一方、その頃から首都圏南部から伊豆半島沖合にかけて中・小規模の地震が続発。富士山の地下でも身体に感じない程度の低周波地震が頻発。
何か大変な災害が起こるのではないかと気象庁や火山研究者たちが調べ始めていました。


長い歴史の中で何度も噴火を繰り返して今の美しい形となった富士山。
史実上、もっとも大きな被害をもたらしたのが江戸時代の宝永噴火(宝永4(1707)年)。
⇒その災害救助を描いたのが『怒る富士』(新田次郎)
多くの村々が火山灰に埋もれて多数の死人・逃散が出たのにも関わらず、幕府が集めた義捐金は中抜きされて地元に届いたのはわずかばかり。
そこで関東郡代伊奈半左衛門忠順が見るに見かねて、駿府城下の米蔵から米を運んで村民に配ったことを咎められ、切腹して果てますが、地元では一身をもって農民を救ったために神格化されました。
本作でも大噴火の兆候が徐々に表れて、実際に麓の自治体に被害が出るも、メディアの報道は首都での地震や火山灰による被害に集中。
それに伴い、カネの流れも都内に利権を持つ企業や議員に分配されるように暗躍する者たちがいる。まさに歴史は繰り返されるようですね。
しかし、そんな卑小な人間の思惑など吹き飛ばすように富士山は大規模噴火の予兆を見せ、それを察知した山野たちの研究室は動くのですが、実際は数万の住民を抱えている以上、事は簡単には動かないわけです。
今年読んだ『富士山噴火』(高嶋哲夫)でもそうでしたが、いざ想定を上回る大災害を予知しても、現状の法制度では自治体や警察消防自衛隊が動くのは難しい。そこで主人公たちが非常手段を取るっていうのがパニックものでは定番ですね。


実は大規模噴火による脱出や救助シーンは本当に終盤だけで、それはそれでさすがとも言えるくらいに迫力と緊迫感があるのですが、中盤の長い部分を山野親子による火山神伝説を中心に世界宗教、日本の国造り神話(イザナギイザナミ)、中国(秦)の徐福が日本に遺した伝説の謎解きなどが多く占めています。
まぁ、個人的に記紀神話など、興味はあっても深くは知らなかったし、世界的に火山噴火が宗教に強い影響を与えた点など面白かったとは言えます。
ただ、全体のバランスとしては長すぎたのではないかと思います。*1
それに火山研究の第一人者である山野による解説が今まで興味の無かった高校生の亮輔を惹きこんでしまうところまでは良かったのですが、このあいだまで中学生だった娘が大人顔負けの知識を披露して周囲の大人を驚愕させるなんて、どこぞの陰謀漫画じみていて現実感がないです。
いくら謎解きのためとはいえ、山野の影響を受けて亮輔が古文書を読み漁り、終盤大化けしてしまうのもやり過ぎ。
現実感がないと言えば、2000年前から脈々と続く徐福の副官呂氏の末裔が現代において先祖の秘宝を探しているというのもご都合主義極まれりといった感じです。


ちなみに著者の作品を調べていたら、『富士覚醒』は本作の文庫化に伴い、改題したもの。
もう一作の『震災列島』は大層なタイトルに反して内容は震災を舞台にした家族の復讐劇がメインらしいです。
やはり『死都日本』の衝撃が強すぎて、同じような本格パニックものが読みたい読者と一味違う災害ものが書きたい作者のミスマッチが起こっているような気がしなくもないです。
パニックものって、災害に関してはできるだけリアリティが求められるわけで、そこは充分なんですが、それ以外に醒める要素(現実にいるわけ無さそうな人物とかトンデモ設定とか)があると、面白さが半減しちゃうんですよねぇ。

*1:あとがきによると、これでも削ったために続編で書くらしい