12期・19冊目 『煙突の上にハイヒール』

煙突の上にハイヒール (光文社文庫)

煙突の上にハイヒール (光文社文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

背負って使用する、個人用ヘリコプター。ネコの首輪につけられるような、超軽量の車載カメラ。介護用のロボットも、ホームヘルパー用のロボットも、少し先の時代には当たり前になっているのかも。あなたなら、楽しい使い方を思いつけますか?テクノロジーと人間の調和を、優しくも理知的に紡ぎ上げた、注目の俊英による最新傑作集。

小川一水による、十年以内に普及しそうなテクノロジー*1をテーマにごく普通の人々が織りなす物語の数々。
どれも主人公が普通っぽくありながら、どこなく陰があったりするところが惹きこまれるわけで、本当のこの著者は長編だけでなく、短編でも巧みだなって思います。
収録作品は以下の通り。


「煙突の上にハイヒール」
あやうく結婚詐欺師に騙される直前だった主人公。宙に浮いた貯金はほぼ一人乗り用ヘリコプターと同額だった。
ふと興味を抱いて会社の試乗体験をしてみたところ、一気に心を掴まれてその場で教習所に申込み。女性初のライセンス保持者になってしまう。
一人乗り用ヘリコプターに魅せられた女性の激変、それでいながらマイペースを崩さないところがいいです。
作内ではハードとソフト(ライセンス)による安全性が図られているようですが、実際の普及を考えたら、自動車以上に大変だろうなぁと思えます。それらを置いておいても、実際に体験してみたいと思いましたね。


「カムキャット・アドベンチャー
最近太ってきた飼い猫が気にかかり、散歩の途中で餌をもらっているのではないかと疑う。しかし壁の上や塀の隙間を伝う猫の進路を辿るのは難しい。そこで仲間のアドバイスによって、首輪に超小型カメラを設置することに。
うちも猫を飼っているのでこれはぜひやってみたいなぁと思ったのですが、完全室内飼いなので、本作にあったような思わぬ出会いやアクシデントは無さそう。ただ盗撮にもなってしまうリスクもあります。
互いに見合っていた上に猫が結んだ縁というオチがいいですね。


「イブのオープンカフェ
雪降るクリスマスイブのオープンカフェにて、あえて外の座席に一人座っていた女性の前にロボットが現れる。
彼はユーザーの葬式に参列した後、徒歩での帰路途中、低温のあまりに一時の休憩を取る必要があったのだという。
恋人との破局を迎えたヒロインと厳しい安全規則により、目の前のユーザーの誤飲窒息死を防げなかったロボット、という傷ついた二人(一人と一体)による心温まるストーリーかと思わせて、意外なサスペンス風な展開を見せられてびっくりでした。


「おれたちのピュグマリオン
ロボット開発の天才が密かに開発していたのは、できないことを命じられた時にフリーズせずに「わかりません」「できません」と応える極めて人間らしい女性ロボットだった。
社内で慎重に検討とテストを行った上で模倣機能を付与された彼女は市場に出ると、爆発的な売れ行きを誇るようになった。
ここで登場する女性型ロボットは外見的特徴のみならず、無理な命令をされると、人間的な対応をするという点に意外性があります。
なんであれ言葉で返される方が無視よりも人間的な感情としてよっぽど良いという点に着眼点を置いたのが新鮮です。
それだけに関わらず、極めて人間に近い存在となったロボットとユーザーたる人間の関係の複雑さを思い知らされるストーリーでした。
最後はすごくSF的というか、びっくりでした。


「白鳥熱の朝に」
白鳥を媒介してヒトに空気感染して死をもたらす新種で強力なインフルエンザが流行。
世界的流行のあおりをくって、日本も数百万人の犠牲者が出た。
それまでの社会的な仕組みも大幅に変容したが、中でも保護者を亡くした多数の未成年者の養育のために強制的に養子縁組をさせるまでに至った世界。
そんな中で、妻子を失った中年男性はある女子高生を養子に迎えることになった。
最後の一篇は少し毛色が違って、バイオハザード後の殺伐とした世界が描かれます。
その根底にあるのは渦中にあった二人の人物の消し去ることなど到底不可能なほどの深い哀しみ。
短編かつフィクションであっても、ここまで感情移入できちゃうのがすごい。
二人が過去を清算、というにはあまりに難しいですが、なんとか前向きに生きていってほしいと思わされたラストでしたね。

*1:発表からすでに8年は経っているわけで、実現自体やドローンのように形を変えた普及は進んでいるだろうけど、一般人が手にするまでが大きな壁なんだろうね